理想の指導をするために
女子プロ野球の体制変更や、DeNAベイスターズでの野球スクールコーチを経験した加藤優さんが立ち上げた女子野球塾。場所は出身地であるとともに、2021年から"ふるさと大使"にも就任している縁から、神奈川県秦野市に2022年に設立。塾名は"太陽の元、キャッチボールで繋がろう"を掲げる『Sunny Catchball』に決定した。
特徴はもちろん女子選手に特化したこと。その理由は教えられる側、教える側にメリットがあるとの理念に基づいている。
まず生徒側には「昔みたいに男の子たちの中で孤立してしまうパターンはそこまで見受けられないのですが」と女子野球への受け入れは進んでいると前置きしつつ「キャッチボールやペアを組む練習の時に冷やかされるというのは今でもあるんですよ。特に高学年になると『ヒューヒュー』みたいに、からかわれることがあります。そういう意味でも、やっぱり気を遣わないで野球ができる環境は、女の子たちにとって絶対に必要だと感じました」とリサーチした結果、多感な時期ならではの悩みの解消を目指した。
[写真=ご本人より提供]
指導者側には「現場レベルでは女性コーチが圧倒的に少ないですね。女子のチームであっても基本は男性コーチが多いのが現状です。最近やっと女性の指導者も増えてきたという感覚はありますけど、まだまだ少ないので、あえて(自分のスクールは)女子に絞ったというところはありますね」と先を見据え、コーチの育成にも目を向けている。
また指導の基軸になるのは「とにかく楽しんでもらうこと。前向きな声掛けしかしません」と明言する。
その理念には「野球が好きでこれだけ長く続けてきたのに引退してからは、野球をやりたいと思わなくなってしまいました。自分の中に野球に対しての"好き"がそんなに大きくなくなっていたことに私自身衝撃的で……」と自身の経験を踏まえて「野球を楽しんで好きになってほしい」という強い想いがある。
「私は怒られて成長していくのが当たり前だった時代に野球をしていました。それで私が野球を好きになったかというとそうではなく、私が小さい頃から持っていた目標があったから、大人まで続けられただけなんです」と素直な心境を吐露した。
しかし、時代の風は確かに変わっていった。ある種のトラウマにも似たものを抱え「普通に前向きに声を掛けるだけじゃダメなのかな。必ず怒らないとダメなのかな」との以前から疑問は、DeNAベイスターズの野球スクール時代に「ベイスターズで生徒を怒ることは、他のコーチも含めて全然、一切ありませんでした」との実務経験も重なりクリアになった。「野球を楽しんでもらおう」と指導法の最適解を導き出した。
それには「怒られてやるのでは、自分で考える癖があまりつかないなと思いました。怒られているけど、それに反発して気にせずやる子はいいんです。ただ、すごく真面目な子が怒られたらそれだけで萎縮して、そのことだけを一生懸命やるみたいな感じになってしまうと思うんです」と子どもによっては"思考停止"に陥ると懸念。
「実は私も苦労しました。当時はすごく真面目な子で、言われたことだけしかやってきていなかったんです。でも年齢が上がっていくにつれて自分で考えなくてはいけなくなる時が来て、大変な思いをしました」と自らの経験も加味されている。
だからこそ「小さい頃から質問形式で子供たちに投げ掛けたりしています。自分で考える癖をつけてもらったほうが、後々に野球以外でも生かせるということもありますので」と理想の指導を続けることに日々精進している。
[写真=ご本人より提供]
その先には「女子野球の裾野を広げて、下から支えたい思いはあります。今、活躍しているトップの選手たちのことも子供たちには伝えたいし、見せてもあげたい」との志から「私は『はだのふるさと大使』に就任していることもあって、地元に塾を作って、さらに私のお願いをきっかけにして、去年に秦野を神奈川県初となる"女子野球タウン"に認定していただきました。これによって、ジャイアンツの女子選手などの試合を、年に2回ぐらいは秦野に誘致することもできるようになりました」と大きなプロジェクトにも参画。野球塾の売上から地元の保護猫活動に充てるなど、女子野球を軸とした地域を巻き込んでの一大ムーブメントに尽力している。
後輩アスリートへ贈る言葉
男子野球と違い、道しるべのない女子野球でサバイブしてきた彼女のキャリアはまさに波乱万丈。引退後も「自分は猪突猛進型で、今でも野球を生かした生活ができているので、振り返ってみると何もしないよりも行動を起こしたことが良かったのかなとは思います。ただ、引退して何かやりたいとなった時に失敗が続いたこともありました」と頓挫を繰り返したことを回想。
その経験則から、競技生活を終えたアスリートへ「現役時代からしっかり考えておいたほうが、その時が来た時に心の余裕を持てますよと伝えたいですね。やっぱり現役の時ってそこだけしか見えない人も多いと思うんですよ。私がまさにそうで、目の前の結果ばっかりに気を取られていて、先のことなんて考えられないみたいな感じでした。ですから、ちょっとずつでも何か勉強したりとか思い描いたりしておくだけでも、スムーズにセカンドキャリアに移行できるのかなというのは自分自身も思いましたし、周りを見ていても思いますね」と自らの苦労を反面教師にしてもらえればと金言を送った。
道なき道を切り拓こうとチャレンジを続ける加藤優さんのネクストキャリア。「今となっては覚えてもらえる、いいニックネームをもらったなと思っています」と"美しすぎる"をも武器にする逞しさで、女子野球にその身を捧げ続ける。
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取材=萩原孝弘
撮影=野口岳彦
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【前編】現役時代の苦悩と引退後に起こった女子プロ野球の危機的状況での使命感