野球ゲームの移り変わりから見るプロ野球史~第41回:『ファミスタアドバンス』
アレックス・カブレラ(西武)55本、松井秀喜(巨人)50本、タフィ・ローズ(近鉄)46本、中村紀洋(近鉄)42本、ロベルト・ペタジーニ(ヤクルト)41本。
これは今から22年前の2002年シーズン、セ・パ両リーグのスラッガーたちの本塁打数である。当時、打者有利を改善するための新ストライクゾーンが話題になり、平均打率はパ・リーグが01年の.264から.255へ。セ・リーグも前年の.263から.257へとダウンしていたが、令和の極端な投高打低のNPBに慣れた野球ファンからしたら、それでも懐かしさすら感じるホームランが飛び交う豪快でユルい平成プロ野球のリアルだ。
そして、最近は令和の緊迫したロースコアゲームを眺めながら、ふと思う。たまにはあの頃のパワーベースボールを楽しみたいな……と。そんなあなたにオススメなのが、ゲームボーイアドバンスソフトの『ファミスタアドバンス』(ナムコ)だ。発売日は2002年6月28日。そう、6月の勝利の歌を忘れない。日本中がサッカー日韓W杯に熱狂していた最中に世に出た野球ゲームである。
「みんなサッカー見たいだろう」
2002年6月14日、ヤクルトの若松勉監督は練習を早めに切り上げ、ナインも我先にと日本代表の史上初の決勝トーナメント進出が懸かった日本対チュニジア戦の結果を知りたがったという。なお、日本戦がある6月4日、9日、14日とプロ野球は両リーグとも休み。『2002プロ野球総決算』(ベースボール・マガジン社)によると、9日は日曜日だったが、シーズン中の日曜日にプロ野球が1試合も行なわれなかったのは過去に前例がなかったという。6月だけで試合ゼロの日が、8日間もある変則日程で調子を崩した星野仙一率いる阪神は、泥沼の8連敗を喫して首位争いから陥落した。
「打高投低」仕様で一発攻勢合戦が楽しめる
さて、02年開幕時データを採用の『ファミスタアドバンス』だが、ゲーム上でもかなりの打高投低の仕様となっており、カブレラやゴジラ松井を使うと1試合4発なんて大爆発も珍しくなく、とにかく一発攻勢合戦の大味な試合が楽しめる。「ペナントレース」モードは最少10試合から可能で、まだCSは存在せず、例えば松井や清原擁する巨人で日本シリーズに進むと前年パ優勝チームの近鉄と派手に打ち合い雌雄を決する。もちろん試合後は『日刊ナムコスポーツ』で成績チェックが可能だ。
操作感覚的には同じナムコのワールドスタジアムシリーズ、ビジュアル面ではスーパーファミコン版のスーパーファミスタ2あたりに近いだろうか。良く言えば原点回帰の王道路線。同時期のリアル描写に走るPS2の野球ゲームとは対照的に、アドバンスぽく手軽にあえてシンプルに振り切った内容になっている。
ちなみにまだ交流戦がなかった当時はセ・パの人気格差に加えて、実力格差も議論されていた。日本シリーズでは2000年の巨人がダイエーに4勝2敗、01年のヤクルトが近鉄に4勝1敗、02年の巨人が西武に4勝0敗。オールスター戦でも97年第2戦から2000年第3戦にかけて、全パは全セに8連敗とまったく歯が立たなかった。逆指名ドラフトやFA制度で人気選手がセ・リーグ球団へと集中してしまういびつさは、やがて2004年の球界再編騒動へと繋がっていく。
ガチンコファイトクラブを彷彿とさせる「分身くん」
他のモードも遊びやすく、「ファミスタ盤」は、正月番組『とんねるずのスポーツ王は俺だ!!』でお馴染み「リアル野球BAN」のようなシステムでプレーヤーは基本投げて打つのみ。いい当たりよりも、ボールの落下地点と飛んだ方向の運が勝負を分ける。しかも、このモードのみファミコンの初期ファミスタBGMを再現しているのはオールドファンにはたまらない。
そして、注目はワースタシリーズでも人気のオリジナル選手を作成・育成できる「分身くん」だ。アドバンス版ではこれまで以上にコーチのキャラや言動が強烈で話題となった。まず選手の名前やポジションを決め、打撃フォームは「小笠原っぽい」「松井秀っぽい」「ローズっぽい」「中村紀っぽい」と数種類からサクッと選んで、いざファミスタ野球塾へ。そこで待ち受けるのは、スパルタ指導で知られる鬼瓦コーチだ。
「ここはファミスタ野球塾。プロを目指す若者達にその技術とチャンスを与える場所。しかし集まった塾生達は努力、根性、そうやって目標をめざして進んでいく人間をばかにして、『野球なんて誰にだってできる』『プロになれば大金が手に入る』と、完全に野球をなめきっている。『おちこぼれだから、いやそうじゃない。おまえ達は弱い。ただ弱いだけだ』。そう言っているかのように次々にノックの雨を浴びせる鬼瓦。なすすべなくその場にうずくまる塾生達」
令和ならモラハラであんたクビになってるよ……レベルの暴言を吐かれ唐突にスクールウォーズ風の昭和の学園ドラマの世界観に放り込まれるプレーヤー。しかも、強制的に「野球を舐めているヤンキー球児」として鬼瓦にしごかれる理不尽さ。「鬼瓦先生…!!野球がしたいです…」なんて泣くヒマもなく、ひたすらハードなナレーション字幕が続く。
「不良、おちこぼれ、社会のゴミ。そんなレッテルを貼られレンズ越しに見られていた。自分もそれを受け入れてしまっていた。どうせ自分は……と甘やかしていた。変わろうとしなかった。しかし野球にはレッテルなんて関係ない。まして甘えなど許されるはずがない。そんな世界に今、飛び込もうとしている」
えっ熱血硬派くにおくん? もはや野球ゲームであることを忘れかけた頃、プレーヤーは最初に確実に能力を伸ばしていく「凡人コース」か、大きく伸びる可能性があるが退学になる可能性も高い「特進コース」のどちらかを選択する。打撃、守備、走塁練習で赤点を3回取ると退学になってしまう仕様だ。
そのコンプラ完全無視のスパルタ鬼瓦コーチとは裏腹に練習パートの難易度はそれほど高くない。打撃練習で指定された方向に打球を打ち分けたり、ノックを受け送球の正確さを試されたり、ダッシュ対決したりとミニゲーム形式の特訓を受け、その結果により選手に割り振られる能力ポイントをゲットしてオリジナル選手を作成する。細かい成績や能力は自分では設定できないガチャ感覚で、パワプロのサクセスモードがちょっと面倒臭い人には嬉しいシンプルさだ。さらに次の練習に進む時には煽りテロップも忘れない。
「そこで鬼瓦からの信じられない発言が!」「だがさらに次回信じられないことが!」「次回野球塾始まって以来の大事件が…!」
なんか懐かしいこの感じ。そう本作の分身くんモードは、当時TOKIOが司会を務めた人気テレビ番組『ガチンコ!!』の「ガチンコファイトクラブ」のパロディなのである。プレーヤーは「野球舐めんとんのか?」と竹原……じゃなくて鬼瓦にしごかれながらも食らいつく。走塁練習を命じられたら、「オレ達は走ることすらできていないとでもいうのか」と隙あらば険悪な雰囲気になる鬼瓦と塾生。しかし、「強くなってやる。誰の助けもいらない。強くなればまわりの態度も変わるはずだ。それだけを目標にここまでやってきた」とヤンキー球児たちも次第に野球を通して心を開いていく。ここで、これ何のゲームだったっけ?……なんて冷静に考えたら負けだ。走攻守の特訓を重ね、涙を流しあいながら明日に向かって走り出す男たち。
まさに『ファミスタアドバンス』の「分身くん」モードは、現代では恐らく諸々の事情で再現が不可能であろう「野球版ガチンコファイトクラブ」なのである。令和の緻密なプロ野球や日々の仕事に少し疲れた今こそ、鬼瓦コーチに罵倒され、ぶっ倒れるまでしごかれ、汗と涙の野球人生を味わってみるのもいかがだろうか。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)