白球つれづれ2024・第24回
オールスターゲームのことを「夢の球宴」と言う。それなら、選手による夢を叶える場とはならないのか?
ソフトバンクの栗原陵矢選手が面白くも、興味深い発言をした。
「捕手で出たい気持ちが強いので(全パの指揮を執る)中嶋監督に直訴しようかな?」
今月4日に発表されたマイナビオールスターゲーム(23日エスコンフィールド、24日神宮)の選手間投票でパ・リーグの三塁手部門に選出された栗原の第一声である。
直前に発表されたファン投票のパ・リーグでは、日本ハムによる“球宴ジャック”が話題を呼ぶ。先発投手部門の山﨑福也から捕手の田宮裕涼をはじめ外野手の万波中正らまで実に9選手が独占して、残った3枠にソフトバンクの近藤健介、柳田悠岐両選手と指名打者部門で西武の中村剛也選手が名を連ねただけ。(柳田選手はけがのため出場辞退)
今年の球宴第1戦が北海道で開催されるため、日本ハム勢への大量投票となったのだろうが、反面目下ダントツで首位を行くソフトバンクには、気の毒な結果となった。その分を補う意味での選手間投票は、日頃グラウンドで戦う選手が認める実力者揃い。栗原もまた宗佑磨(オリックス)や浅村栄斗(楽天)らの常連選手を抑えてパのホットコーナーを守ることになった。
2014年、栗原は福井・春江高からドラフト2位でソフトバンクの指名を受ける。高校3年の時に開催されたU18野球ワールドカップには日本代表の主将兼正捕手として出場。強肩強打の捕手として将来を有望視される逸材だった。
だが、18歳の若者にソフトバンクの正捕手の壁はあまりに高かった。
三軍の育成組から二軍に組み込まれても、ウエスタンリーグで1イニング3盗塁刺の記録を作っても一軍への登用はない。プロ3年目にやっと3試合だけ一軍で試合出場を果たすが、この頃には育成出身の甲斐拓也が捕手として頭角を現しレギュラーの座を射止めていった。
忘れ去られた「捕手・栗原」の存在
捕手はやりたいが、チャンスを掴むには他のポジションにも挑戦するしかない。
19年に外野手として起用されると、20年には「2番・一塁手」として初の開幕先発出場。このあたりから一軍のレギュラー級に定着すると打撃に磨きがかかっていった。
時を同じくして、栗原の選手登録も目まぐるしく変わる。21年まで捕手として登録されていたが、22年から外野手登録に。さらに三塁の名手として鳴らした松田宣浩選手の退団に伴って今季からは内野手登録に変わっている。
内外野どこを守っても働けるユーティリティープレーヤーは時として“器用貧乏”の便利屋にも映りかねない。いつのまにか、「捕手・栗原」は忘れ去られた存在となったが、栗原にとっては捕手こそが原点であり、プロとして見果てぬ夢となっていたに違いない。
この数年、栗原には故障がつきまとう。一昨年には左膝前十字靱帯断裂の大けがでシーズンの大半を棒に振り、昨年も後遺症に悩まされている。
今季も開幕直後は出遅れたが、徐々に打棒も復活して5月には初の月間MVPを受賞。主砲の柳田が右大腿裏の筋損傷で全治4カ月の大けがを負い戦列を離れると、代わってクリーンアップに定着、今ではチームに欠かせない主軸の役割を果たしている。
全パの指揮を執る中嶋聡監督は捕手出身だ。堅物の鬼軍曹のようなイメージもあるが、内実は選手ファーストの優しさも兼ね備えている。栗原が思いのたけを訴えれば、実現の可能性はある。日本体表でも、ソフトバンクでも捕手にもしもの事があれば、出ていく準備はしてきた。
「盗塁を刺したい」と具体的なイメージも膨らんでいる。
今年のオールスターはパリ五輪の開幕(24日)とぶつかる。スケールの大きさでオリンピックに譲るなら、せめて野球ファンにささやかな贈り物があってもいい。
阪神・近本光司の俊足と急造捕手・栗原の強肩。そんなお祭りも見てみたい。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)