コラム 2024.07.29. 18:30

阿部巨人の快走を呼んだ前エースの変身【白球つれづれ】

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巨人・菅野智之 (C)Kyodo News

白球つれづれ2024・第27回


 巨人・菅野智之投手の活躍が目覚ましい。

 28日のDeNA戦では、3年ぶりの完封で広島の床田寛樹投手と並ぶハーラートップタイの9勝目をマーク。チームが“混セ”から一歩抜け出す立役者となった。

 現役最多22度目の完封劇は内容も非の打ちどころがなかった。

 5回までDeNA打線を1安打に抑えて味方の得点を待つ。6回以降は毎回のように走者を許すが、併殺に打ち取り、無四死球のコントロールが傷口を広げない。最後は連戦で疲労の濃い中継ぎ投手陣をカバーするために志願して117球を投げ切った。

 エースの復活には記録もついてくる。22度目の完封は桑田真澄を抜き、8度目の無四死球は斎藤雅樹、江川卓と並ぶ。球団のレジェンドたちと肩を並べる17年目の夏だ。

 菅野の今季初先発は4月4日の中日戦。開幕から6戦目のこと。それが投手陣の中での立ち位置だった。

 かつてなら開幕戦が菅野の定位置。だが昨年は4勝止まりの自己ワーストで終わった。絶対的なエースから6番目の扱いには首脳陣の計算も含まれていた。

「もし、仮に相手の開幕投手が中5日で来た時には、投げ合ってもらうことも考えた」と杉内俊哉投手チーフコーチは、その当時の舞台裏を明かしているが、それだけが理由ではないだろう。

 年々仕上がりの遅くなっていくベテランには、少しでも入念な調整を求めたはず。さらに性格を考えたら「遅すぎる開幕」になにくそ、の反骨心もあっただろう。とにもかくにも菅野の意地が復活劇を支えているのは間違いない。


投球スタイルの転換に迫られる分岐点


 昨年は右肘の故障で大幅に出遅れた。今季も腰痛のため一時戦列を離れたことがある。長年の蓄積疲労とどう戦うか。菅野は自らの投球を一から見つめ直した。

 代名詞である伝家の宝刀・スライダーが痛打されるのはなぜなのか?

 分析の結果は150キロ台を計測していたストレートの球威が140キロ半ばまで落ちていた。肘や腰をかばうあまり右腕を振り下ろす角度が以前より下がっている。投球のメカニズムの狂いを直すには、もう一度右肘を上げてストレートの球威を取り戻すしかない。球威が増せば変化球も生きる。これに耐えうる肉体の強度を上げることから再生は始まった。

 3年ぶり完封のDeNA戦では9回、100球を越してもストレートは150キロのスピードを計測している。球威が蘇れば、12球団の中でも屈指の投球術がある。

 菅野の変身はそれだけではない。心の持ちようだ。これまでなら勝負どころでは決まって三振を奪いに行く。それがエースの証でもあった。

 しかし、34歳の年齢と向き合った時、力でねじ伏せる投球だけでは長いシーズンを乗り切れない。力を入れるところと、抜くところ。“腹八分”の投球を心掛けるようになって白星が再び手の届くようになった。

 投手にとって、年齢を重ねていけば投球スタイルの転換に迫られる。そこで失敗すれば退団の道をたどるしかない。今季の菅野はまさにその分岐点にいる。

 現在の9勝が13勝、15勝と積み上がっていけば、阿部巨人のV確率は高まる。それどころか不安視された右腕が、最多勝や最優秀防御率の個人タイトル奪取も夢ではなくなってくる。

 原前監督からバトンを受け継いだ阿部慎之助監督は、優勝を狙うと同時にチームの若返りを図っている。投手陣なら戸郷翔征、山崎伊織らを中心とした編成になる。だが、今後の勝負所になれば経験豊富なベテランの力が必ず必要になる。

 その時、菅野は「6番目の男」から、再び切り札として戻って来る。

 パリ五輪の話題が熱い日本の夏。その裏でベテランの復活劇も佳境を迎えようとしている。

文=荒川和夫(あらかわ・かずお)

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