次代のエースと期待されてきた左腕が3年ぶりに1軍の舞台へ
投球内容はもちろんのこと、お立ち台での言葉を聞いてタイガース・高橋遥人のカムバックを実感したファンも多かったはずだ。
「完ぺきです…ウソです(笑い)。ランナー出したので次は修正できるように」
インタビュアーから投球の自己評価を聞かれた左腕はそう言っておどけた。ただ、すぐに表情を引き締めた。
「うまくいかないこともたくさんあった。周りの方の支えがあって、ファンの人の声もたくさん聞こえた。それに何としても応えたいと思ってやってきたので」
たどりついたマウンドは実に1009日ぶりだった。最後に投げたのは、2021年11月6日のジャイアンツとのCSファーストステージ初戦。同年から3年間で4度の手術を経験するなど、次代のエースと期待されてきた左腕は故障に泣かされてきた。
昨年6月に左肩と左手首を手術。20年から苦しめられてきた左手の脱力感は『TFCC』と呼ばれる三角線維軟骨複合体の損傷が原因で、そのために行った左尺骨短縮術は投手が復帰した前例は皆無だった。
それでも「手術をしないと投げられない。ボールを握ることさえできればまだできる」とリスク覚悟で手術を決断。長く慎重を期したリハビリを経て3年ぶりに1軍の舞台に帰ってきた。
「ピッチャー、高橋」のコールに京セラドームを埋めた虎党からは「おかえり」の声が重なった。緊張の初回。アウト3つを三振で奪うなど快発進すると、2回以降も走者を背負いながらも粘った。4回二死満塁のピンチでは代打・石原貴規を足下に食い込むバックフットスライダーで空振り三振。小さくガッツポーズし感情を露わにし、最大の難所を乗り切ると5回を4安打7奪三振無失点で投げ切った。
初回に森下翔太、大山悠輔のタイムリーで援護するなど、高橋の苦闘を知る同僚たちも“勝たせたい”思いを胸に攻守で躍動。4点優勢の9回にはセーブが付かない場面にもかかわらず、高橋と同じ静岡出身の左腕・岩崎優がマウンドに上がり試合を締めくくった。
かわいい後輩を時に厳しく、時に優しく叱咤激励してきた守護神からウイニングボールを受け取った高橋は照れくさそうに笑った。前日まで首位・カープに連敗し負ければ同一カード3連敗、今季初めて自力優勝も消滅していた一戦。負けられない重圧の中で背番号29は勝ちをもぎ取り、熾烈を極める優勝争いへ虎の秘密兵器となり得ることを示した。
「試合を作れるように、もう少し長いイニングを投げられるように」
まだまだ高橋遥人はこんなもんじゃない。再出発の89球。絶望を味わった自身だけでなく、チームにも光を照らす復活勝利だった。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)