白球つれづれ2024・第33回
ソフトバンクが長いトンネルを抜け出した。
8日の西武戦に競り勝ち、4連敗から脱出。2位の日本ハムが敗れたため優勝マジックが1週間ぶりに減って13とした。最短なら今月17日、遅くとも来週中には小久保裕紀監督の胴上げが実現しそうだ。
本拠地で行われた西武との3連戦に連敗。「間違いなく今季最悪のチーム状態」と、指揮官も頭を抱えた同カード最終戦。自慢の強打は相変わらず湿り、薄氷を踏むクロスゲームだった。お立ち台には先発で好投した松本晴や先制タイムリーの甲斐拓也選手らが呼ばれたが、“縁の下の力持ち”として勝利に貢献したのは近藤健介選手だった。
2回の先制点の場面では、口火を切る右前打で、その後の得点につなげれば、1点リードの8回には一死一・三塁からきっちりと右犠飛を記録して勝利を手繰り寄せる。チームにとって、これほど頼もしい「仕事人」はいない。
9日現在(以下同じ)打率.311はリーグトップで、19本塁打は同2位タイ、68打点は同3位。この数字だけを見れば僚友・山川穂高選手の30本塁打、87打点に遠く及ばない。ところが近藤には隠れた“勲章”がいくつもある。
88四球に64得点は他の追随を許さず、出塁率.437と長打率.523もリーグトップ。この二つを足してチームの得点に貢献する指標となるOPSの.960も超一流を証明している。
ちなみに直近の今月4日の日本ハム戦から7日の西武戦まで3試合で9個の四球を選んでいる。相手が勝負を避けた面もあるが毎試合3個ずつの四球は異常だ。パ・リーグ各球団別の出塁率を見ても対西武の.389が最も低く、残る4球団にはすべて4割以上の数字をマークしている。少し大げさに言えば、2回に1回近くは塁上に立っている計算になる。
開幕時には共にクリーンアップに座っていた柳田悠岐選手が右大腿裏の損傷で6月に戦列離脱。ホームランを量産してきた山川も一時は大スランプに陥りヒットすら打てない状態が続いた。王者にもそれなりのピンチはあったが、栗原陵矢選手の奮起や、若手の台頭で穴を埋めてきた。そんな中でも5番に座り続ける近藤の存在は図抜けて大きい。
チャンスが巡ってくればそのバットで塁上の走者を還す。先頭として打席に立てば抜群の選球眼で四球を選び得点源になる。山川の打棒復活も、後ろに近藤が控えていれば4番との勝負を避けるわけにはいかない。小久保戦略の核となるのが近藤の存在そのものなのだ。
現在の球界にあって「完全無欠」の天才打者
日本ハムからFA移籍して2年目。昨年は本塁打、打点のタイトルを獲得。打率も首位打者の頓宮祐真選手とはわずかに4厘差と、三冠王に最も近づいた。
日本ハム時代の2017年には57試合出場ながら打率.413を記録して「最も4割に近い打者」として脚光を浴びたこともある。
2020年のデータでは「コース別打率」として、真ん中高めが.184と最も低率ながら、内角低めは.433、外角低めも.417と驚異の数字を残している。持ち前の選球眼の良さで悪球には手を出さない。そのうえで難しいコースも安打にしてしまう技術を兼ね備えている。日本ハム時代の大谷翔平選手が「打撃の師匠」と一目置いただけのことはある。
天性の打撃術に加えて、31歳となった今も進化を続けているのも凄い。ソフトバンクに来てから長打力が飛躍的に増している。
広い札幌ドーム時代から、比較的ホームランの出やすいペイペイドームに本拠地が変わったこともあるが、特に左翼方面への流し打ちの本塁打には目を見張るものがある。
ボールを手元まで引き付けて、軽く流し打ちをするのではなく、左手で強く押し込むから、飛距離も出る。大谷とも共通する打撃だが、190センチを超す大谷に対して、近藤は身長171センチと球界の中でも小柄、それでいて年々、長打力も増している。どんな相手にも、どんなコースでも、安打と本塁打を積み重ねるのだから、現在の球界にあって「完全無欠」の天才打者と言ってもいいだろう。
投手陣を見れば有原航平がハーラートップで、リバン・モイネロが防御率1位。打撃部門では山川と近藤でタイトル独占の勢いだ。少し前までならソフトバンクの強さの象徴は育成出身の若手と言われたが、現状はFA獲得選手や外国人の圧倒的な働きが目につく。この3年、オリックスの軍門に下った常勝軍団とすれば、なりふり構わず補強を続けた結果だろう。
そんな実力派集団の中でも、近藤の存在は群を抜いている。
ただいま9月の打率.375と調子は申し分ない。いささか遅いチームの夏休みは終わった。栄光のゴールに向けてあとは数字を積み上げるだけだ。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)