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ヤクルトは『ドラフト2位』がアツい!?

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ヤクルトの星知弥

キャンプで輝いた“一番星”


 ヤクルトの浦添キャンプで注目を集めた存在と言えば、ドラフト1位の寺島成輝。球団8年ぶりとなる高卒新人のキャンプ一軍抜擢とあって大きな注目を集めたが、2週間もたずに『左内転筋筋膜炎』を発症して一軍から離脱。開幕絶望となってしまった。

 期待も大きかった分、そのショックも大きいものとなったが、寺島に向けられていた視線を奪うかのようにアピールを見せたのがドラフト2位の星知弥だ。

 真中満監督も「うちで一番速い」と驚く剛速球が最大の武器。「欲を言えば8回、9回を任せたい」とも語っており、新人守護神誕生への期待も日に日に高まってきている。

 思い返してみると、ドラフト2位からスターの道を歩んだ選手が多いヤクルト。ここでこれまでのドラフト2位入団選手を振り返ってみよう。


ドラ2からエースへ


 近年では、2012年のドラフト2位で入団した小川泰弘が挙げられる。

 創価大時代、46試合に登板して36勝3敗、防御率0.60と圧倒的な成績を残していた小川。しかし、東京新大学野球連盟のレベルが低いと見られており、1位指名はなく全体7巡目の2位でヤクルトが指名した。

 ところが、ふたを開けてみるとルーキーイヤーから16勝を挙げる大活躍。通算4年で44勝を挙げるなど、気がつけばヤクルトのエース格として君臨している。


 また、2002年は自由枠という制度があったため、純粋なドラフト2位とは言えないかもしれないが、ヤクルトとしての2番目の指名(3巡目)だったのは館山昌平だ。

 故障と戦いながらも、2008年から4年連続で2ケタ勝利をマークするなど、左の石川雅規と並ぶ右のエースとして活躍。現在も故障からの復活を目指して奮闘をつづけている。

 その前の1999年は、早稲田大学の藤井秀悟を2位で指名。1年目から中継ぎで活躍すると、2年目には先発へ転向して14勝をマーク。最多勝を獲得し、リーグ優勝に貢献した。


野手もスター揃い!


 野手で言うと、1994年の2位指名・宮本慎也がその筆頭だ。

 ヤクルト一筋で現役を終え、守備の名手でありながら名球会入りの条件である2000本安打もクリア。ヤクルト一筋で2000本安打を達成したのは、若松勉と古田敦也に次ぐ3人目の快挙であった。

 1989年には、トヨタ自動車から古田敦也を獲得。『メガネを掛けた捕手は大成しない』などと揶揄されたこともあったが、2年目には首位打者を獲得。以降、リーグを代表する捕手としてヤクルトの黄金時代を支えてきた。2006年には選手兼任監督を務めるなど、ヤクルトに多くの功績を残している。


 古田以前にも1986年・土橋勝征、1985年・荒井幸雄、1984年・秦真司、1983年・池山隆寛などなど...。1990年代の黄金時代を支えたメンバーたちが、ドラフト2位で入団しているのだ。

 高校生、大学生、社会人とすべてのパターンで獲得しているが、いずれも大成してチームを支えている。当時の指導力、スカウトの眼力には驚かされるばかり。もしかすると、ドラフト2位に必勝パターンがあるのかもしれない。

 これだけのメンバーがドラフト2位にいるということで、星への期待も高まっていく。また、山田哲人二世とも呼ばれる広岡大志も2015年のドラフト2位だ。

 これからの燕を背負う、“ドラフト2位”入団選手に注目だ。

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