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大記録から100年 大谷は“元祖二刀流”ベーブ・ルースを超えられるか?

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打撃練習をする大谷翔平=2018年1月6日、千葉県鎌ケ谷市のファイターズ鎌ケ谷スタジアム 写真提供:産経新聞社
“二刀流”大谷翔平が、メジャーのエンゼルスに移籍しました。大谷獲得に動いたメジャーチームの中で、エンゼルスが一番、大谷こだわりの二刀流に理解を示した…とも言われています。

さて、大谷といえば、言わずもがな、日本プロ野球初となる「二けた勝利、二けた本塁打」をマークした男。2014年には11勝10本塁打、2016年には10勝22本塁打を記録しました。

では、メジャーリーグの歴史の中で、かつて、こんな奇天烈な選手はいたのでしょうか?
実は、ひとりだけいました。それが何を隠そう“野球の神様”、かのベーブ・ルースです。

通算本塁打714本、ホームラン王に輝くこと実に12回。まさに、ホームランバッターの代名詞のような存在です。バッターとしての名言も枚挙にいとまがありません。たとえばこうです。

「全盛期のオレの打ったタマは、ピッチャーの股間をくぐり抜けて、そのままバックスクリーンに飛びこんだもんさ」。

あるいは、こうも言いました。

「本塁打さえ狙わなければ、オレは楽に6割を打つことができた」。

いかにも愛すべきタフガイ、ルースならではの名言です。

バッターとしての逸話にも、ことかきません。いちばん有名なのは、1926年のエピ―ド。

馬から落ちて大怪我をしたジョニーという少年が、父親を通じて、憧れのベーブ・ルースに、サインボールをねだりました。すると数日後…本当にサインボールが送られてきたのですが、そのボールには、サインだけではなく、こんな文字が書かれていました。

「怪我を早く治すんだ、ジョニー。君のために、僕はワールドシリーズで、ホームランを打つ」。

そして、その言葉通り、ルースはなんと、ワールドシリーズで、ホームランを3本も打ったのです。

かくも、バッターとしての名言や伝説には、ことかきません。ところが、ピッチャーとしての名言や逸話はまるで残っていません。

ところが、改めて記録を紐解きますと、驚かされずにはいられません。そもそもルースは、1914年・19歳の時、レッドソックスにピッチャーとして入団しています。しかも、アンダースロー。3年目には23勝、防御率は「1・75」。完全なるエース格です。

そして…1918年には、持ち前の打撃技術を生かすために、外野も守る「二刀流」に転向。

この年、20試合に投げて、13勝7敗、防御率2.22をマーク。また、11本塁打を放ち、初の本塁打王に輝いています。この大記録、「同一シーズンでの二けた勝利二けた本塁打」は、いま現在にいたるまで、誰にも破られていません。さすがのルースも、この時一度だけです。

今年は、このベーブ・ルースの大記録が生まれてから、ちょうど「100年目」となります。元祖二刀流、ベーブ・ルースの大記録を、ニッポンを渡ったサムライが、100年目にズバーンと抜き去る…そんなことになったら、ニッポンの野球ファンは、さぞや快哉を叫ぶに違いありません。

1月10日(水) 高嶋ひでたけのあさラジ!「スポーツ人間模様」


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