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石井GMが始動…01年ヤクルト開幕メンバーが続々と球界の要職へ

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GM就任の記者会見を終え、楽天の立花陽三球団社長(右)と握手する石井一久氏=27日、楽天生命パーク

初のメジャー経験者がGMに


 楽天のGM(ゼネラルマネジャー)に就任した石井一久氏が9月1日、同球団の本拠地・楽天生命パークに赴いて選手たちに挨拶。「やるからには勝ちたいので、皆さんと強力して上からではなく一緒の目線でしっかりとやっていきたいと思っています。チームとしては良い環境、パフォーマンスが出せる環境を整えてしっかりやるのが僕の仕事だと思ってますから何かあったら声をかけてください」と意気込みを語った。

 現在、GMという役職をおいているのは、日本ハム(吉村浩GM)、巨人(鹿取義隆GM)、DeNA(高田繁GM)と3球団あり、楽天は現時点で4つ目の球団になる。吉村GMは選手経験がなく、どちらかというとメジャーよりの役割で、鹿取GMと高田GMは選手出身で旧来のマネジメントに近い形。とはいえ、それぞれの球団によって与えられている権限は異なり、責任もさまざまとなっている。

 石井GMは監督・コーチの経験こそないが、日米両リーグで選手としての経験があり、どのような手腕を発揮してくれるか今から楽しみだ。

 その石井GMのキャリアはヤクルトからスタート。1991年ドラフト1位で入団すると、2001年まで同球団でプレーした後にメジャー移籍を果たしている。2001年はヤクルトが日本一になったシーズンでもあるが、当時の開幕メンバーを見ると、その多くが現役引退後も活躍していることがわかる。


5人が様々なフィールドで監督に


 2001年の開幕オーダーを見ると4人がNPBに限らず様々なフィールドで監督に就任。“元”も含めると監督経験者は6人になる。そして石井GMが誕生したことにより、投手を含めたスタメン全員が要職についたことになる。

 現役を引退したプロ野球選手がコーチや監督になれるのはごくわずか。GMに至っては4人しかおらず、1人は野球未経験者である。その狭き門をくぐり抜けてきた選手が揃っていたのは奇跡的なできごとと言ってもいいかもしれない(※一塁のレギュラーはペタジーニ)。

 ちなみに、2001年の守護神・高津臣吾はヤクルトの現二軍監督で、その他にも三木肇(ヤクルト二軍チーフコーチ)や飯田哲也(ソフトバンク二軍打撃コーチ)、城石憲之(日本ハム一軍打撃コーチ)といった当時のチームの脇を固めていた選手たちが現在もコーチなどを務めている。

 この年のヤクルトは若松勉監督となって3年目のシーズンだったが、前年までエース級の働きをしていた川崎憲次郎が中日へFAで移籍。度重なる故障から復活を遂げていた伊藤智仁の登板もわずか1試合。そのような状況の中で前年4位のチームがセリーグを制し、日本シリーズでは近鉄を下し日本一となったのである。

 野村克也監督の下で1990年代の黄金時代を経験している選手たちがベテランとなり、新しく加入した選手との融合を経て日本一を勝ち取ったシーズンでもあった。そのため、チームのいいとき、悪い時を経験していることが、現役を引退してからの活動にも役に立っているのかもしれない。

▼ 2001年開幕オーダー
1番(中)真中 満 ※元ヤクルト監督
2番(遊)宮本慎也 ※ヤクルトヘッドコーチ
3番(右)稲葉篤紀 ※侍ジャパン監督
4番(捕)古田敦也 ※元ヤクルト監督
5番(左)ラミレス ※DeNA監督
6番(三)岩村明憲 ※BC福島監督兼球団代表
7番(一)池山隆寛 ※楽天二軍監督
8番(二)土橋勝征 ※ヤクルト内野守備走塁コーチ
9番(投)石井一久 ※楽天GM
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