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“金足旋風”の立役者!? 清水隆一さんに聞く『プレイヤーズファースト』の指導法のルーツ

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清水隆一さん

『プレイヤーズファースト』を生み出す指導


 FROMONE SPORTS ACADEMYとアスラボがタッグを組んで行われる指導者向けイベント「『プレイヤーズファースト』を生み出す指導とは? 選手目線の指導を考える指導者向けセミナー」が11月27日(火)に開催決定。

 今回はそのイベントに先駆けて、『プレイヤーズファースト』という選手目線の指導を提唱している清水隆一コーチングカレッジ株式会社代表・清水隆一さんに自身のキャリアを振り返ってもらいながら、現在の取り組みに至るまでの経緯や、自身の指導法の原点についてお話を伺った。


【インタビュー】清水隆一さんが『プレイヤーズファースト』に込めた想いとは…?


「ジャイアンみたいな子」だった…?


 1959年9月、東京都墨田区に生まれた清水さん。幼少期は「ドラえもんでいうジャイアンみたいな子供だった」と振り返り、「常に頭にいないと嫌なタイプで、人に使われたくないタイプでした」と笑う。

 そうした性格もあって、早稲田実業高から早稲田大学、社会人野球の強豪・熊谷組という輝かしい経歴を歩んでいくなか、その全チームで主将を経験。早実では1977年の春・夏甲子園でベスト8入りを果たし、青森国体では優勝。社会人時代の1984年には日本代表として国際大会でキューバと戦い、1986年には「社会人野球ベストナイン」も受賞した。


 「王(貞治)さんと同じ業平の生まれで、近所に王さんがいた。中学校も一緒。王さんみたいになりたい、王さんの後輩になってプロに行くんだ、という思いで早実に進みました。それから大学を経て熊谷組に入って、2年でプロから声がかからなければプロの道は諦めようと思っていました。アマチュアの一流選手になって指導者になろう、と」

 残念ながらプロ野球の道に進むことはできなかったものの、国際大会の出場やベストナインの受賞、さらにチームの主将を務めるなど、目標のひとつであった「アマチュアの一流選手」は見事に叶えて現役を引退。その後は2年間職場に入った後、1992年に熊谷組の監督に就任。そこから指導者としてのキャリアがスタートする。


 「野球の押しつけ型の練習、やらされるだけの練習に疑問があった」と清水さん。キーワードになっている『プレイヤーズファースト』という考え方は、指導者になりたての頃から、もっと言えば現役時代から自身が抱えていたものだった。

 「考え方は指導者になってすぐも今も、まったく変わっていません。自分がプレーしていた時から思っていたし、2年間野球を離れてみて、客観的に見る時間があってその想いはより強くなりましたね」


高校野球の世界へ


 その後、2001年からは埼玉・花咲徳栄高の総監督に就任。今でこそ埼玉県屈指の強豪校として広く知られるようになり、2017年の夏の甲子園では埼玉県勢として初の優勝を成し遂げたことは記憶に新しいが、当時は県予選をなかなか勝ち抜くことができず、甲子園出場のないチームだった。

 「正直に言って、これだけの選手がいるのにどうして勝てないんだろう…というくらいの状況でした。ひとりひとりの力は埼玉県でも屈指のものがある。でも勝てない。どうしてなんだろう、というところからのスタートでした」


 なかでも清水さんが取り組んだのが、「チャンスを平等に与える」ということと、「選手に考えさせる」こと。選手を集めてチームを作って総当たり戦を行い、選手同士でメンバーを選ばせて戦うなどの工夫を行いながら、全員に平等にチャンスを与える。そして勝利のためにどうするかを考えさせる。“主力とそれ以外”と分けてしまうのではなく、全員にやる気を起こさせる流れを作っていった。

 「良い選手がいるのに負けるというのは理由があって、全員で勝ちにコミットしていないという部分が実は大きい。大所帯になればなるほど難しくなるが、はじめから“主力とその他”に分けられてしまったらレギュラー組がいくら頑張っても、外された選手たちはやる気になれない。全員にやる気を持たせることと、勝利という目標に向かって何をすべきか考えさせるということが大事なんです」


野球・スポーツに留まらず


 こうした考え方が次第に広まっていくと、時には競技の垣根を越えたオファーも。(財)日本野球連盟競技力向上委員会特別委員や(財)日本オリンピック委員会強化スタッフ(コーチングスタッフ)として野球に携わり続ける一方、体操の(財)日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)にも就任。新体操・フェアリージャパンの強化にも一役買った。

 「これもコーチングという考え方から共通する部分があって、ただ教える・押し付ける指導ではなく、選手に気づかせるということは何においても重要なこと。個人の目標とチームの目標のベクトルを合わせる作業から、コミュニケーションをとることの重要性、秘訣を教えて欲しいということで」


 さらに、『プレイヤーズファースト』の考えはスポーツだけでなく、ビジネス界からも注目を集める。「幹となる共通認識の部分だけを教えて、あとは本人がどうしたいのかを引き出す。そしてそれをサポートする」。野球の監督・コーチとしてのあるべき姿は、ビジネスシーンにおける上司が持つべき考え方とも共通する部分があったのだ。

 「それぞれが自ら考え、チャレンジをし続けない限り成長はないと思います。監督・上司は目先の結果を求めて『ああしろ、こうしろ』と言いがちなんですが、それでは自立した人間にならないんですね。人間力を鍛えてあげられると、選手としてのキャリアが終わった後も、ビジネスマンで言えば転職をしても、どこに行っても活躍できる人間になるんです」




“金足旋風”の立役者に!?


 この夏、第100回目の夏の甲子園を大いに盛り上げたチームといえば、秋田代表の金足農業だろう。

 エースの吉田輝星を中心に全員野球で泥臭く勝ち上がっていく姿は多くのファンの心を掴み、ついには県勢103年ぶりの決勝進出を達成。迎えた決勝戦では最強・大阪桐蔭に敗れて準優勝に終わったものの、その戦いぶりはニュース番組やワイドショーなどでも大きく取り上げられ、秋田や東北のみならず日本中を巻き込む関心事となった。

 実はこの“金足旋風”にも、清水さんの力が少なからず関わっている。

 「秋田県で発足した『高校野球強化プロジェクト』というものに8年前から関わっておりまして、いくつかのチームにアドバイスをしたりという活動を行っていたのですが、その中で今年は金足農業さんを見ることがあったんです」

 秋田県といえば、過去には夏の甲子園で代表校が13年連続で初戦で敗れるという屈辱を味わい、そんな状況を打破すべく結集されたのが『高校野球強化プロジェクト』。内部ではなく日本全国から識者を集め、負の歴史からの脱却を目指すという取り組みだった。

 その後は2011年に能代商が“呪い”を解くと、2015年の秋田商はエース・成田翔(現ロッテ)の活躍もあってベスト8まで進出。着々と全国の舞台で戦える素養をつくり、今年はついに決勝の舞台に立てるまでになった。

 「金足農には吉田くんという柱がいた。求心力のある大黒柱がいるというのは大きい。みんながエースを支えて、勝ちに向かってひとつになった。一致団結できたことが一番の要因だと思います」



 指導者の言いなりになりがちなプレイヤーをそのまま操るのではなく、目標を聞き出し、それを達成するための解決のヒントを与え、成功へと導いていく…。清水さんが考える“指導者のあり方”は、いつしか競技の垣根を越え、そしてビジネスシーンにまで応用されるものになった。

 27日(火)に開催されるセミナーでは、ゲストにFC東京の元社長である阿久根謙司氏を招き、2人の対談形式で“選手目線の指導”、『プレイヤーズファースト』を生み出す指導のあり方についてトークしていく。申込み方法などの詳細は以下の通り。


▼ イベント詳細はコチラ





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