ニュース 2020.04.07. 19:45

球界で最も“緊急事態”に強かった名選手・木村拓也

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チームの緊急事態を救った木村拓也 (C) Kyodo News

野球界で最も“緊急事態”に強い男


 世界中を混乱に陥れている「新型コロナウイルス」の問題──。その勢いは留まるところを知らず、プロ野球界も現在は開幕を見合わせ中。一時は“4.24”という目標が提示されて進められたが、それからほどなくして選手への感染が確認されるなど、全国的に終息の見込みがまるで見えないことから、今後については白紙の状況となっている。

 4月7日には、安倍晋三首相が『緊急事態宣言』を発出。東京・神奈川・埼玉・千葉・大阪・兵庫・福岡の7都府県が対象で、期間は1カ月程度、大型連休が終わる5月6日までが大まかなメドと言われている。


 “緊急事態”というワードが最も注目を集めたであろうこの日、「4月7日」と言えば、野球界で最も“緊急事態”に強かった男の命日でもある。

 広島や巨人で名バイプレイヤーとして活躍を見せた、木村拓也(享年37歳)。今から10年前の2010年4月7日にこの世を去った。


ユーティリティーという生き方


 県立宮崎南高から、1990年のオフにドラフト外で日本ハムに入団。高校時代は通算35本塁打の“強打の捕手”という触れ込みだった。

 1992年に強肩と俊足を買われて外野手に転向すると、1994年のオフにトレードで広島へ移籍。これがひとつの転機となる。

 広島では正田耕三の後釜候補として二塁に挑戦すると、持ち前の器用さを発揮してそれから内野の各ポジションへ。1997年からスイッチヒッターへと転向すると、今度は故障で離脱の多かった野村謙二郎のバックアップとして遊撃を任される機会も増えた。

 こうして地道に出場機会を増やしていくと、2000年には136試合に出場。2003年まで4年連続で130試合以上に出場を果たすなど、チームに欠かせない存在へと成長していく。

 2004年には、そのユーティリティ性を買われてアテネオリンピックの日本代表にも抜擢。登録できるメンバーが少ない五輪という大会において、投手以外の全ポジションをこなすことができるという稀少性が高く評価されての選出だった。


 広島で徐々に出場機会が減ってきた2006年、シーズン途中に巨人へと移籍。巨大戦力に移ってもその器用さは重宝され、2007年には113試合、2008年には124試合と3ケタの出場を記録。

 巨人では2009年までプレーして現役を退くこととなるが、かつての“強打の捕手”は、プロの世界で俊足と強肩を活かしたユーティリティープレイヤーへと転身し、18年のキャリアで通算1523試合に出場。手にしたタイトルはなかったが、球界屈指の“名バイプレイヤー”として活躍を見せた。


木村拓也の名シーン


 そんな木村拓也という選手を語るうえで欠かせない試合が、2009年9月4日のヤクルト戦。現役最終年の、シーズン終盤のひと試合である。

 当時の巨人の正捕手と言えば阿部慎之助だったが、この日は先発のセス・グライシンガーと相性の良い鶴岡一成がスタメンマスクを担当。阿部は一塁で出場した。

 試合は1-2と巨人が1点を追う展開で終盤戦へ。7回表の守備から阿部が退き、8回裏には捕手の鶴岡に代わって木村拓也が代打で出場。9回表の守備から唯一の控え捕手だった加藤健がマスクを被り、木村は二塁の守備に就く。

 すると9回裏、1-3と2点を追う巨人打線が奮起。土壇場で小笠原道大に2点適時打が飛び出し、3-3の同点に。試合はそのまま延長戦へと突入した。


 サヨナラのチャンスもなかなか決めきれず、迎えた11回裏。先頭で打席に入った捕手の加藤に対し、ヤクルトの5番手・高木啓充が投じた139キロの速球が頭部に直撃。まさかのアクシデントで加藤は負傷交代を余儀なくされてしまう。

 結局、その回も二死ながら一・二塁とチャンスは作ったが、あと一本が出ず。試合は12回の攻防へ。この時点で巨人のベンチに捕手の選手はゼロ。一体どうするのか……球場のざわつきが歓声に変わると、そこには防具を付けた背番号0の姿があった。

 捕手としての出場は、広島時代の1999年7月6日以来で10年ぶり。異様な盛り上がりの中ではじまった12回の守りは、フォークに定評がある豊田清とのコンビ。初球からフォークボールを難なく受けると、145キロの速球もしっかりとキャッチ。一人目の打者を斬ると、ここで今度は投手が左腕の藤田宗一に代わる。

 一転して曲がるボールが主軸となる投手に対しても、捕球でミスはしない。球界屈指の安打製造機・青木宣親も、内角のスライダーで空振り三振に仕留める。しかし、二死から飯原誉士に四球を与えると、つづくアーロン・ガイエルには二塁強襲の安打を許してしまい、二死ながら一・二塁のピンチ。ここで巨人はこの回3人目の野間口貴彦をマウンドへ送る。

 またもタイプの違う投手とのコンビになったが、150キロの速球に対しても力に負けることなくしっかりと受け止め、最後は151キロの速球で空振り三振。ベンチに戻ると、原辰徳監督は感情を抑えきれずにベンチから飛び出して木村の背中を叩き、大きく手を叩いてその奮闘ぶりを賞賛した。


 試合はそのまま引き分けに終わったものの、指揮官から出てきたのは感謝の言葉。「困った時の拓也頼み。あそこは託すしかなかった。冗談も言えません。よく救ってくれた」と、もう一度その働きに賛辞を送る。

 さらに、試合が5時間を超えるロングゲームとなったにも関わらず、テレビ中継のなかで“緊急インタビュー”も実現。カメラの前に登場したこの日の主役は、頭部死球の加藤のことを心配しつつ、「俺しかいないと思った」と11回裏の心境を吐露。

 つづけて、解説席の山本浩二氏から大興奮で「大したもんだ!涙出たぞ!」と声をかけられると、圧倒されたように「ありがとうございます…」と笑みを見せた。


 また、ここで「そんなことより、もっと早く僕がチャンスで打っておけばね」というコメントを残したところにも、その人柄がよく現れている。

 自分にできることを増やし、できることを全うすることでチームを支える。まさに木村拓也という選手を象徴する試合、シーンだった。


文=尾崎直也

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