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ヤクルト・奥川と阪神・藤川の「甲子園をめぐる不思議な縁」

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【プロ野球ヤクルト対広島】ヤクルト・奥川恭伸=2020年11月10日 神宮球場 写真提供:産経新聞社
話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、11月10日にプロ初登板を果たしたヤクルト・奥川恭伸投手と、同じ日に引退登板を行った阪神・藤川球児投手の不思議な縁にまつわるエピソードを取り上げる。

2020年11月10日は、日本のプロ野球にとって記念すべき1日になりました。まずは神宮球場で、ヤクルトのドラフト1位ルーキー・奥川恭伸が、今季(2020年)チーム最終戦となる広島戦に予告先発。待望のプロ初登板・初先発を果たしたのです。

奥川は昨年(2019年)夏の甲子園で、星稜高のエースとして活躍。3回戦の智弁和歌山戦で延長14回を投げ抜き、23奪三振の力投を見せ決勝戦に進出。優勝は逃しましたが、日本中を沸かせました。その武器は、威力のある真っ直ぐ。甲子園で、延長戦に入っても150キロ台の速球をどんどん投げ込む剛腕ぶりは、観ていて惚れ惚れするものがありました。

ヤクルト入団後は、今年2月、右ヒジに軽い炎症を起こし春季キャンプは出遅れ。夏には上半身のコンディション不良でノースロー調整と故障が続き、大事に育てようというチーム方針もあって、ファームでの今季登板は7試合に止まりました。

2軍での成績は1勝1敗、19回2/3を投げ、18奪三振、防御率1.83。今回の1軍昇格は、あくまで経験を積ませるためのものでしたが、肌寒い11月のナイターに1万4000人を超す観客が詰めかけたのは、「奥川を生で観たい」というファンがそれだけ多かったことを示しています。筆者もその1人で、奥川目当てで神宮球場のスタンドに足を運びました。

「持ってるなあ」と思ったのは、最初に対戦した打者が、セ・リーグを代表するスラッガー・鈴木誠也だったことです。本来なら鈴木は4番ですが、この日は球団史上初の「5年連続3割」が懸かっていました。少しでも打順が回って来るようにという佐々岡監督の配慮で1番に入っていたのです(結果は3割達成)。おかげで観客は、プレイボールからいきなり最高の対決を観ることができました。

注目の第1球は、146キロの真っ直ぐ。これは外角へ外れボールになりましたが、奥川はそこから全球真っ直ぐで勝負して行きました。奥川はストレートで三振が取れるピッチャーです。そのことをあらためて本人に自覚させるためにも、最初の打者には全球真っ直ぐで行こう……投手の持ち味を引き出すことに長けたベテラン・嶋らしいリードですし、これはベンチの意向でもあったと思います。

奥川は、カウント2-1から、外角低めに投じた148キロの真っ直ぐを鈴木に弾き返され二塁打。いきなり痛打を食らいましたが、あえて最強打者に真っ直ぐ勝負を挑んだのですから、これは仕方のないところです。続く2番・田中をファールフライに仕留めたあと、3番・長野にフォークを引っ掛けさせ打ち取ったはずが、ボテボテの打球が災いして内野安打に。1死一・三塁のピンチを迎えます。

ここで奥川は4番・松山にどう対処するのか、興味深く観ていたら、嶋のリードは変わらず、真っ直ぐ勝負でした。結果、3球目、少し真ん中に甘く入った148キロを左中間に運ばれ2点を献上。初回はこの2点だけで何とか切り抜け、2回は無得点に抑えたものの、3回、真っ直ぐの球速が落ち始めると、再び上位打線につかまります。

長野に左前打を許すと、続く松山に142キロの真っ直ぐを右翼スタンドに運ばれ0-4。さらに、坂倉・堂林にも連打を浴びたところで高津監督が交代を告げ、奥川は3回途中で1死も取れずに降板となりました。

結果的に2回0/3、57球を投げ、5失点でプロ初黒星を喫した奥川。正直、もう少し力のある真っ直ぐを観たかったのですが、初めて1軍のマウンドに立った緊張感に、寒さも影響したのでしょう。ただ、いくら打たれても、臆せず真っ直ぐ中心で打者に向かって行く姿勢や、ときに笑顔すら見せるあたり「やはりただ者ではないな」という印象を持ちました。

試合終了後、これがヤクルトの今季最終戦ということで、恒例の監督挨拶が行われました。そこでこんなサプライズが……高津監督が突然「来年に向かって、非常に若手で有望な選手がきょう先発しました。奥川!」と手招き。中央マイク前に奥川を呼び寄せたのです。この監督の“無茶振り”を、さすが奥川、堂々と受けて立ちました。

「1年目の奥川です。きょうの試合の反省をしっかりと生かして、来年以降はしっかり活躍できるように頑張りたいと思います。応援よろしくお願いします!」

この予定外の“ルーキー挨拶”に、スタンドからは大きな拍手が送られました。2年連続最下位とチーム状況は依然厳しいですが、奥川のこの一言に希望を感じたスワローズファンも多いのではないでしょうか。そして、ツバメ党ならずとも「また奥川のピッチングを観てみたい」と思った野球ファンも多いはず。奥川本人も、1軍で投げて行くための課題がいろいろ見つかったでしょうし、ヤクルトは消化試合を、実に有効に使ったと思います。

さて、同じ10日、甲子園球場では偉大なリリーバーが、現役最後のマウンドに立ちました。阪神・藤川球児です。今季最後の巨人戦で、9回に登板。原監督はこの日ベンチスタートだった坂本・中島を代打に送り、藤川は全球真っ直ぐ勝負。坂本も中島もフルスイングで応じ、結果は2者連続三振。最後の打者・重信は二飛に仕留め、藤川は有終の美を飾りました。

“火の玉ストレート”と呼ばれる真っ直ぐを生命線に、プロ野球人生を歩んで来た藤川がマウンドを去った日に、ストレートで魅せるルーキー・奥川がデビューを飾る……奥川はまだまだこれからの選手ですが、カープの強打者を相手に、真っ直ぐを臆せず投げ込んで行った勝負度胸を見ていると、かつての藤川のようだなと、ふと思ったりしました。

まさに球界の新旧交代を象徴する1日になった11月10日。ところで、年も離れており、とくに接点もない奥川と藤川が、実は不思議な縁でつながっていたのをご存知でしょうか?

星稜・奥川が脚光を浴びた、昨年夏の甲子園。延長14回の熱戦となった智弁和歌山戦でこんなシーンがありました。11回、足がつりかけた奥川に、星稜の4番・内山が、熱中症予防に効果があるという漢方の錠剤(ドーピングには該当しないもの)を渡したのです。この錠剤は、内山が智弁和歌山の主将から「奥川に渡して欲しい」と託されたものでした。

敵に塩を送ったこの行動の背景には、おそらく「ベストの状態の奥川と戦いたい」という思いがあったのでしょう。「おかげで元気になった。有り難かった。でも、これが智弁の強さか、とも感じた」と、ライバルの心遣いに感謝した奥川。このエピソードは当時あちこちで紹介されましたので、覚えている方も多いと思います。

奥川が受け取ったこの錠剤、実は渡した側の智弁和歌山も、ある人物から「差し入れ」として受け取ったものでした。その人物とは、誰あろう、藤川だそうです。智弁和歌山を率いる中谷仁監督は、元阪神タイガースの捕手で1997年のドラフト1位。藤川は翌98年のドラフト1位で、2人はファームでよくバッテリーを組んだ、1年違いの先輩・後輩の仲なのです。

中谷監督が阪神を退団、智弁和歌山の監督に就任してからも2人の交流は続き、藤川は智弁和歌山の甲子園出場にあたって錠剤を差し入れ。それがめぐりめぐって奥川の手に渡り、おかげで延長14回を投げ抜いた……こういう不思議な縁を聞くと、引退登板とデビュー登板が重なったのも、あながち偶然ではないような気もします。

藤川投手、長い間お疲れ様でした。そして、ナイス差し入れ!
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