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田中将大に「NPB最後の黒星をつけた男」…今こそ語りたい西武・山本淳の力投

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2012年8月、田中将大と熱い投げ合いを演じた男 (C) Kyodo News

「28連勝」のまま渡米


 球春到来を目前に控えたプロ野球界に、今オフNo.1と言っていい特大のニュースが舞い込んできた。

 「田中将大、楽天に復帰」──。

 2013年に「24勝0敗1セーブ」という大記録を打ち立て、楽天に創設初優勝・日本一をもたらし、夢を追いかけてアメリカに渡った伝説のエースが、33歳になるシーズンに日本に帰ってくることが決まった。


 メジャーリーグではニューヨーク・ヤンキースひと筋で8年間プレーをし、通算78勝をマーク。日本では7年間で99勝(35敗)を記録しており、日米通算の勝利数は「177」。もし今季、NPB最終年と同じ24勝を挙げようものなら、一気に大台である200勝にも到達する。

 また、“記録”という観点で言えば、注目されるのは「連勝」の記録。田中は2013年の日本シリーズ第6戦で敗戦投手となっているものの(この時の勝利投手は菅野智之)、上述した通りその年のレギュラーシーズンは24勝して負けなし。実はNPBでの連勝記録を継続したまま、アメリカへと渡っている。

 田中が最後にNPBのレギュラーシーズンで敗れた日を探してみると、2012年の8月19日までさかのぼる。その後、4つの白星を挙げていることから、現在の連勝記録は「28」。これはプロ野球最多の記録であり、2021年にその数字をさらに積み重ねていくことができるか、そんなところも注目を集めそうだ。


田中と渡り合った「プロ初先発」の男


 こうなってくると気になるのが、「田中がNPBで最後に負けた日」のこと。2012年8月19日の試合は、西武ドーム(現・メットライフドーム)で行われた西武戦だった。

 この時、田中は23歳。と言っても、前年には27試合の登板で19勝5敗、防御率は驚異の1.27を記録したように、すでに球界を代表する投手として君臨。2012年はそんな前年と比べるとややパフォーマンスを落としていたとはいえ、8月19日の試合前時点で6勝3敗、防御率は2.19という成績。4戦白星がつかない中で迎えた西武戦だった。


 この試合で鷲の若きエースの前に立ちはだかったのが、西武の山本淳という男。2006年の大学・社会人ドラフト3位でTDK千曲川から加入した長身右腕だが、その試合前の時点での成績は0勝0敗で防御率10.12。それどころか、プロ通算23試合の登板で未勝利という状態であり、この8月19日の楽天戦が6年目のプロ初先発だった。

 ちなみに、「西武鉄道創立100周年記念シリーズ」の最終戦として行われたこの試合。青地の中央に緑のラインが入る“西武鉄道カラー”のユニフォームを記憶しているファンの方はいらっしゃるだろうか…。その特別なユニフォームを身にまとい、プロ初先発で怪物・田中将大に挑んだ30歳の右腕は、ファンの期待を遥かに超える力投を見せる。


 初回、先頭打者は現在西武で二軍監督を務めている松井稼頭央。2球目をとらえられた打球はライナーでライト後方を襲う大飛球となったが、これは大﨑雄太朗がフェンスに激突しながらの見事なキャッチ。そこから2つの四球でピンチを招くも、最後はブレット・ハーパーを内野ゴロに斬って無失点。味方の守備にも助けられ、立ち上がりを無失点で切り抜ける。

 つづく2回、先頭の牧田明久には弾丸ライナーでレフトスタンドに叩き込まれる先制弾を許したものの、その後の一死一・二塁のピンチは併殺で切り抜け、3回も味方の失策と安打で無死一・三塁というピンチを作りながら、後続を打ち取って序盤の3イニングを最少失点の1点で踏ん張った。


 すると味方打線は4回、現在は楽天で主砲を張っている浅村栄斗の適時打で同点。一気の逆転とはならなかったが、力投を見せる山本にようやく1点をプレゼント。

 援護を受けた右腕は4回・5回と3人斬り。「初先発、正直きつかったです…」と正直なコメントを残し、この回限りでお役御免。同点の状態で降板したため、プロ初勝利はならなかったが、序盤のピンチで踏ん張り続け、試合を壊すことなく、あの田中将大と投げ合って見せた。


 すると6回裏、西武打線が奮起。無死一塁でこの日3番起用のエステバン・ヘルマンが右翼線突破の適時二塁打。勝ち越しに成功すると、4番の中村剛也も適時打で続き、さらに同点打の浅村が2点適時打。5連打で田中をKOすると、代わった投手から炭谷銀仁朗も適時打を放ち、この回一気の5得点。試合をひっくり返す。

 山本の降板後は十亀剣が3イニングを1失点に抑え、9回は岡本篤志が締めてゲームセット。西武が逆転勝ちで「西武鉄道創立100周年記念シリーズ」の最終戦を勝利で締めくくり、チームはこの勝利で首位に浮上。

 試合後、当時の渡辺久信監督は山本の左肩をポンポンと叩き、右腕の奮闘を讃えると、カメラマンも押し寄せてのフォトセッションへ。プロ初勝利こそつかなかったものの、あの田中将大と投げ合いを演じた山本淳は間違いなくこの試合の主役の一人であった。


プロ未勝利のまま引退、社会人野球で活躍


 しかし、そんな男の名前を「この記事で初めて知った」という方もいらっしゃるのではないか…。

 男はその後、約1カ月後のロッテ戦で再び先発マウンドに登るも、2回4失点(自責は3)で敗戦投手に。翌年も12試合に登板して防御率は2.25だったが、0勝1敗という成績。そして2013年のオフ、球団から戦力外通告を受ける。

 田中が不滅の偉業を成し遂げ、メジャー挑戦という夢を叶えていく一方、田中に最後の黒星をつけた男は、同じ年のオフにプロ野球の世界を去る…。かくして、山本淳はひっそりとNPBの舞台から姿を消した。


 そんな男が再び脚光を浴びるのが、2016年の夏のこと。舞台は東京ドームだが、その戦いというのが「都市対抗」。そう、男は社会人野球の舞台で奮闘していた。

 西武を退団した後、2014年から日立製作所でプレー。2016年、チームの創部100周年というメモリアルイヤーの快進撃を支えたのが、この年34歳になった山本だった。

 初戦を延長タイブレークの逆転サヨナラ勝ちという劇的な形で勝ち上がると、勢いに乗ったチームは3連勝。迎えた準決勝、相手は山岡泰輔(現・オリックス)擁する東京ガス。この試合に先発した山本は、その年の秋にドラフト1位指名を受けてプロ入りする注目右腕に対し、全く引けを取らない投球を展開。7回無失点の快投で、チームを初の決勝進出へと導いてみせたのだ。

 翌日の決勝戦、トヨタ自動車に敗れて優勝はならなかった日立製作所だが、印象に残る活躍を見せたチームとして「小野賞」を受賞。多くの野球ファンの心を動かした快進撃の中で、山本はその原動力となった。


 2021年シーズン、楽天に帰ってきた田中将大に黒星がついた時、「2012年から継続していた連勝がストップ!」ということは話題になっても、最後に敗れた試合のこと、山本淳のことが報じられることはないかもしれない。

 しかし、日本が世界に誇るエースの偉大な連勝記録の裏に、実はプロ未勝利でプロ初先発だった男の奮闘があったことを多くの方に知っていただきたいと思う。


文=尾崎直也
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