◆ 白球つれづれ2025・第31回
阪神が着々と優勝マジックを減らしている。
先月30日の広島戦に勝ってマジック39が点灯、その後の4試合は2勝2敗ながらライバルチームも無きに等しく、4日間でさらに5つ減らしてM34。
このペースが続くと8月末にも藤川球児新監督の胴上げが見られそうだ。
そうなると、猛虎党の次なる楽しみは個人タイトルの行方だろう。
投手部門でも最多勝、最優秀防御率や中継ぎ、抑え部門でも阪神勢が軒並み有力候補に挙がっているが、それ以上に注目を集めているのが主砲・佐藤輝明選手の三冠王への挑戦である。
4日現在(以下同じ)27本塁打、68打点は断トツのリーグトップ。残る打率争いで.2822は5位ながら、トップを行く僚友・近本光司の.287とは5厘差足らず。さらにこの間に中野拓夢(阪神)小園海斗(広島)や岡林勇希(中日)各選手が厘差、毛差でひしめき合っている。
ちなみに372打数105安打の佐藤が、あと2本ヒットを打っていれば.2876になる計算。近本の数字を抜いて打撃三冠に躍り出ることになる。それほどの僅差と言うわけだ。
プロ入り4年間で打撃タイトルは皆無。むしろ粗削りなバッティングと、お粗末な守備で批判も浴びて来た。そんな無冠の大砲にとって、藤川新監督の誕生は自らを変える大きな転機となった。
岡田彰布前監督が辛口の評価で奮起を促す指揮官だったのに対して、藤川監督は就任直後から、チーム浮上のキーマンとして、佐藤の名前を上げ、チームリーダーとしても期待を寄せた。どちらの指導法が良かったか、悪かったかの問題ではない。元々「お山の大将」的な性格の“サトテル”には心地の良い環境が新たに生まれたのだろう。
精神的な成長に加えて、打法の改造にも着手した。
これまでなら振り回す一辺倒の打撃から、体の軸で回転することによって、ボールを見る時間が出来る。打球方向もセンター中心に狙うことで広角な打撃が可能になる。2ストライクに追い込まれたら、一発よりも軽打を心掛ける。こうしてセンター中心の本塁打が増え、打率も残せるようになったのだ。
毎年8月になると、高校野球大会のために本拠地の甲子園を明け渡す。過去には「死のロード」と呼ばれたが、近年は真夏の甲子園を離れても京セラドームなどを使用すれば、むしろ快適かも知れない。
佐藤の今季成績を調べると、対戦球団別打率は広島戦の.324を筆頭にヤクルト、巨人戦などで.290以上の数字を残している。球場別打率も甲子園が.293と高いが、中日の本拠地・バンテリンドームでも.333と打ちまくっている。今季は右投手に対して.286の数字なら対左投手にも.277と大きな開きはない。強いて挙げるなら横浜スタジアムで行われるDeNA戦は打率.231。1本塁打と苦戦している。全般的にコンスタントな成績はこの先に楽しみを残しているが、極端に苦手な球場や対戦相手を作らないこと。加えて1試合に複数安打の固め打ちが、前半戦より増えれば三冠ロードも見えて来る。
過去の三冠王を見れば落合博満(ロッテなど)3度を筆頭に王貞治、野村克也らのレジェンドが名を連ねている。直近なら22年の村上宗隆(ヤクルト)、阪神なら1985、86年のランディ・バースにまでさかのぼる。
彼らに共通しているのは、元々が長距離砲であり、逆方向にも安打が量産できる技術の持ち主だったこと。今季の佐藤はこうした意味からも“有資格”に足を踏み入れつつある。
「時の運」では、村上や岡本和真(巨人)選手ら三冠を狙えるライバルが故障で出遅れたことも見逃せない。さらにもう一つ付け加えるなら「投高打低」の近年の流れも佐藤には有利に働きそうだ。
かつての首位打者争いと言えば、3割2~3分あたりがボーダーラインだった。これでは過去4年の平均打率が2割6分にも達しない佐藤では苦しかった。しかし今季のように3割に達するかどうかの争いならチャンスは生まれて来る。
過去の首位打者争いでは、残り試合とライバルの成績次第で欠場してタイトル獲得と言うケースもあった。
だが、今後仮に近本、中野、佐藤の阪神勢で競った場合、誰か一人を首位打者獲得のために休養させることは考えにくい。つまり最後の最後までデッドヒートは続くわけだ。
猛虎の主砲が三冠王を獲得するなら、せめて打率3割は残してほしい。本塁打は40本近く、打点も100に近い数字を狙いたい。
残り45試合。優勝はもちろんのこと、佐藤にとってはバットマン人生最大のチャンスと試練の時がやって来る。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)