◆ 白球つれづれ2025・第39回
今週末、野球ファンは連日にわたって二人の指揮官の胴上げを目にした。
1人は27日にパリーグのペナントレースを制したソフトバンクの小久保裕紀監督。苦しいシーズンを戦い、日本ハムとの競り合いをモノにした。就任以来2年連続のリーグ制覇は球団初の快挙だ。
所沢での興奮が冷めやらぬ翌28日には神宮球場でヤクルトの高津臣吾監督がナインの手で6度宙に舞った。
こちらは本拠地・神宮の今季最終戦。現役引退を発表した川端慎吾選手や今季限りでメジャー挑戦を表明している村上宗隆選手にとっても地元ファンとのお別れの場。高津監督には惜別の胴上げとなった。
ソフトバンクとヤクルト。
開幕前から絶対王者と言われたソフトバンに対してヤクルトは最下位を予想されていた。結果だけを見れば29日現在(以下同じ)貯金34のホークスと借金23のスワローズ。リーグは違っても両者の力量の差は歴然だ。
では、この天と地の開きはどうして生まれたのか? 一言で言えばチームの持つ組織力と総合力の差と言わざるを得ない。
共に開幕前から故障者の続出に見舞われた。
ソフトバンクは柳田悠岐、近藤健介、栗原陵矢、今宮健太、周東佑京ら主力選手が次から次へと戦列を離れる。さらに、昨年の本塁打、打点の二冠王・山川穂高選手は絶不調。シーズン前は絶対的守護神と目されたロベルト・オスナも早々に一軍マウンドから消えていく。案の定、開幕から3連敗。4月は最下位で滑り出す。
ここで光ったのは小久保監督の修正と変化を恐れない決断力である。
レギュラー陣がいない穴を若手やこれまで控えに回っていた二次戦力が埋めていく。栗原の穴を野村勇が、今宮の代わりに川瀬晃が、山川の打席には中村晃らが奮起する。気がつけばリーグの首位打者争いに牧原大成と柳町達両選手が加わっている。
盤石な強みを誇った投手陣も、オスナがダメなら、藤井皓哉、松本裕樹、杉山一樹の“新抑えの方程式”を確立してシーズン中にストロングポイントへと変えていった。
「うちには(四軍まで含めて)120人近い戦力がいる。その誰もが欠けてもこの優勝はなかった」と小久保監督は苦しいシーズンを振り返った。
就任1年目は圧倒的な勝利だったが、2年目は胃の痛くなるような戦いの連続。それでも指揮官はベンチに座ると「泰然自若」を装った。指揮官が慌てふためいていては全軍の士気に関わる。
そんな監督の姿を見ながら王貞治球団会長は「じっと表情を変えずに我慢したよね。改めて監督の我慢強さに感心した」と称えた。
主力がごっそり抜けても、それを補える巨大戦力と、指揮官の柔軟な修正力と変化を恐れぬ決断力が王者への決め手となった。
一方のヤクルトにも故障者は相次いだ。
主砲の村上を始め、山田哲人、長岡秀樹、塩見泰隆、中村悠平らのレギュラー野手に加えて、エースとして成長を期待された奥川恭伸、高橋奎二らも先発マウンドを守れない。加えて春先から衣笠剛球団会長兼オーナー代行(当時)や人気マスコットのツバ九郎のスタッフらが相次いで急死。高津監督の理解者や気心の知れた仲間を失う不運にも見舞われた。
ソフトバンクと同じようなピンチで開幕を迎えると、悲しいことにヤクルトにはそれをはね返すほどの二次戦力は期待できない。指揮官が開幕前から熱望していた「強力なクローザー」も見つけられないまま最下位に沈んでいった。
高津監督は就任6年目。初年度の最下位から翌年にはリーグ優勝を果たし、日本一と次年度もリーグ連覇を成し遂げたが、その後は5位、5位、そして最下位で監督生活を終える。
チームは来季から池山隆寛現二軍監督が指揮を執る予定だが、大砲の村上を欠く陣容でのⅤ字回復は容易でない。
監督と言う職業は因果な商売でもある。1年で勝者は各リーグ優勝の2人。もっと厳しく言えば、日本一に立つ一人だけが勝利の美酒を味わえる。後の指揮官は敗者のレッテルを貼られ、多くは2~3年でユニホームを脱いでいく。
かつて、ソフトバンクで常勝監督と呼ばれた工藤公康氏が語ったことがある。
「勝利の喜びは一瞬。胴上げの翌日には、もう次なる戦いが始まるんです」。
それでも、胴上げされる喜びは経験者しかわからない。
小久保監督は胴上げされながらも、クライマックスから日本シリーズに思いを強くしたはずだ。
高津監督はヤクルトへの愛とファンへの感謝を胸に神宮を後にした。
勝者と敗者。監督の織りなす胴上げのドラマがそこにある。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)