白球つれづれ~第22回・新たな時代へ~
侍ジャパンの新監督に稲葉篤紀の就任が決まった。前指揮官の小久保裕紀より1歳若く、この8月3日で44歳となる。
日本野球機構(NPB)では2020年の東京五輪で金メダルを獲得すべく新生・侍ジャパンの監督選出の作業を進めてきたが、その過程では当然のことながら紆余曲折があった。
当初、本命視されたのは前巨人監督の原辰徳。巨人時代だけでなく2009年の第2回ワールドベースボールクラシック(WBC、以下同じ)でも世界一に輝くなど実績は文句なし。ただし、古巣の巨人の低迷が続き今後、再々登板の目まで噂されている。「3年後まで身柄を拘束されるのは、得策ではないと判断したのではないか?」と言う球界関係者もいる。
昨年の日本一監督である日本ハム・栗山英樹のスマートさや、前DeNA監督・中畑清の明るい人気者ぶりを候補に挙げる声もあった。しかし、東京五輪を見据えたときに現役選手との距離も近く、豊富な国際経験と卓越したリーダーシップに定評のある稲葉に白羽の矢が立った。
これまでの五輪やWBC監督の顔ぶれを見てくると長嶋茂雄、王貞治、星野仙一、原辰徳、山本浩二、小久保裕紀とプロ球界を代表するスーパースターばかり。それに比べれば稲葉は地味な感も否めないし、小久保に続いて監督経験もない。
代表監督の重責は国を背負った戦いであり、そのプレッシャーは一球団の指揮官の比ではない。ましてや、3年後の五輪は自国開催。金メダルが至上命題のように語られる。あまりに重い十字架を背負っての船出となるが、ここは球界全体でのバックアップが必要となる。
新指揮官の魅力
「選手としてだけでなく人間として尊敬できる」。かつて、大谷翔平が語った稲葉評だ。日本代表でも中田翔、坂本勇人、筒香嘉智らの信頼が厚い。ヤクルト、日本ハムの現役時代から北京五輪や2度のWBCに出場。現役引退後も代表の打撃コーチを務めるなど常に「日の丸」と関わってきた。
「稲葉さんは徳が高い。品性とか誰からも愛される」と独特な表現で語ったのは、かのイチロー。テレビ朝日系列の「報道ステーション」の中で褒め称えた。この二人、愛知県豊山町のバッティングセンターで少年時代に切磋琢磨した仲である。これらの証言からも分かる通り、人間性は抜群で打撃指導にも定評がある。指揮官としての実績はなくても素養があることだけは間違いない。
加えて、強運もある。ヤクルトにドラフト3位で入団した時の監督は野村克也。明大にいた息子・克則の試合を観戦中に法大の稲葉が本塁打を放った。これがドラフト当日のドラマに繋がる。ちょうど3位の指名前に克也が「あの法政の左はどうなっとる?」とボソッ。これが決め手となってヤクルト入りの道が開けた。
日本ハム時代の代名詞となったのは「稲葉ジャンプ」だ。打席に向かうと球場全体がファンのジャンプに揺れた。テレビ中継でもカメラが揺れて大混乱に陥るほどの熱狂ぶりだった。地味な職人肌の男が勝負強い打撃で結果を残していくと、やがて北海道の星となる。まさに今後の稲葉ジャパンの目指すべき道を表しているようだ。
日本代表の監督ともなると、グラウンド以外にも多忙を極める。各種イベントや取材攻勢にもさらされる。テレビの視聴率や観客動員といった人気面でも無縁とはいかない。だからこそ、これまでならONや星野、山本らセ・リーグのスター中心の人選がされてきた。そこにはもちろん「セ高パ低」の球界図式があったのは言うまでもない。それが2代続けてのパ・リーグ出身監督の誕生だ。こんなところにも球界の地殻変動が見てとれるのかも知れない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)