白球つれづれ~第24回・阿部の金字塔~
巨人の阿部慎之助が13日の広島戦で2000安打の金字塔を打ち立てた。
厳密に言うなら、現在の阿部のポジションは一塁手。2015年の6月にキャッチャーからファーストへのコンバートが決まった。その数年前から頸椎に故障を抱え、他にも肩、肘に膝まで痛めて満身創痍の状態に当時の監督・原辰徳が苦渋の決断をしたものだが、今回の偉業に球界の「お祝いコメント」は捕手としての価値で一致している。
なるほど、2000安打達成は史上49人目だが捕手に限ると野村克也(南海ほか)、古田敦也(ヤクルト)、谷繁元信(大洋、横浜ほか)に次いで4人目だ。しかも3000試合以上出場した野村と谷繁に比べて阿部は2056試合。大卒で17年目の大台突破はいかに優れた打撃力の持ち主かを証明している。
近年の捕手事情
しかし、この快記録を目の当たりにして新たな疑問も生まれてきた。近年の野球を見るにつけ、強打の捕手がいなくなっているのだ。
かつては前述した野村以下の3選手以外にも、「天才ホームラン打者」の評価が高かった元阪神の田淵幸一や日本人初のメジャー捕手となった城島健司(元ダイエー)ら、打線の中軸を担う捕手も珍しくなかった。ところが現状を見てみるとひとりで全試合のマスクを任され、なおかつ打撃に定評のある捕手は皆無と言っていい。
14日現在のセ・パ打撃成績を見ても、規定打席に達しているのはヤクルトの中村悠平と巨人の小林誠司の2人だけ。しかも打率は中村が.238で30傑の29位なら小林は.198のどん尻。パリーグに至っては規定打席の到達者が1人もいない。どうしてこんな捕手事情になっているのだろうか?
自らが捕手出身の楽天監督・梨田昌孝に聞いてみた。
「今のキャッチャーは昔に比べていろいろな点で負担が大きい。ウチの嶋(基弘)でも6試合連続の先発は無理。嶋を休ませるために2人制を敷くしかない」と言う。長年、レギュラーを張るキャッチャーの必要最低条件はまず、ケガに強い頑健な肉体と強肩。これにリード面のインサイドワークに一定の打撃を身に着ければ一流捕手である。
だが、近年は違う要素も加わっている。情報戦の激化と投球術の変化への対応だ。コンピュータを駆使した投打の解析は以前にもまして進化する。膨大な情報を整理して投球に生かすのも捕手の役目。さらに、投手の球種が増えている。ツーシームやカットボールなどストレートと同じ腕の振りから曲がり落ちる魔球が主流となり、捕手の肉体的負担は比例するように増すばかりだ。
今季だけでも嶋が対ヤクルト交流戦でファウルボールが喉を直撃して途中退場、ロッテの田村龍弘はファウルチップがヘルメットに当たり脳震盪を起こす場面を目にした。予測のつきにくい変化球に突き指も増えている。特に外国人選手の大きな空振り後のフォロースウィングでバットが捕手のヘルメットを直撃するのもよく目にする光景だ。
強打の捕手は絶滅するのか!?
捕手の複数制には違うメリットもある。相手球団の分析に対抗する意味で何人かのキャッチャーを併用するケースもあれば、自軍投手との相性を重視する指揮官もいる。加えて梨田は打撃面を重視しての野手コンバートの例も語る。
「私の場合は小笠原(道大、現中日二軍監督)や磯部(光一、現楽天打撃コーチ)らの打撃を生かす意味で野手に回ってもらった」。この例で行くと西武、中日で2000本安打を記録した和田一浩などもあてはまるだろう。
こうしてみると、阿部慎之助は最後の強打の捕手だったのか? いや、異論をはさむ監督が現れた。西武の辻発彦である。
「彼が故障しなければ、使い続けている。打線の厚みが違ってくるし、日本の野球界のため、多少の無理をしてでも起用するべきでしょう」と熱い視線の先にいるのは森友哉だ。
開幕前のWBC強化試合・キューバ戦で死球を受けて左肘を骨折。以降はファームでの調整を強いられてきたが、8月15日の楽天戦から一軍に復帰。いきなりスタメン出場を果たすと、2安打・3打点の活躍でファンを安心させた。捕手としての出場の見込みは未定となっているが、今後に注目が集まる。
果たして、阿部伝説は未完の大器・森に受け継がれるのだろうか…?
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)