野球人生を変える9日間
7試合に及んだワールドシリーズ(以下WS)の激闘が閉幕。最後のアウトを取った瞬間、アストロズの選手たちは飛び上がって歓喜し、マウンドに集まって世界一の喜びを分かち合った。
その光景を、ダルビッシュ有はダグアウトから静かに見つめていた。
2度の先発はどちらも2回を持たずにKO。地元紙に第7戦の先発は「大失敗だった」と報じられた。しかし、このWSはダルビッシュにとって重みのある9日間だった。
チームメイトとの絆
先発した第3戦の2回、先頭のユリエスキ・グリエルにソロ本塁打を浴びて先制を許すと、そこからの7人に二塁打2本を含む4安打・1四球を許してさらに3失点。ダルビッシュの乱調がドジャースの敗戦を招く結果となったが、チームメイトはダルビッシュを責めなかった。
それどころか、本塁打を放った後“アジア人に対する人種差別的行為”をしたグリエルに対して怒りを露わにし、ダルビッシュを気遣ったのだ。
1勝2敗とされて迎えた第4戦の試合前、ドジャースナインは円陣を組むと「君のためにこの試合に勝つ」とダルビッシュに伝えた。さらに、ホームで行われた第6戦では、グリエルが打席に立った際にドジャースの先発リッチ・ヒルがあえて一度マウンドから離れ、ファンにブーイングの時間を与えるという一幕もあった。
また、こうした気遣いはチームメイトだけではない。レンジャーズ時代の元チームメイトで現在はアストロズに所属するカルロス・ベルトランが、2人の間に入って互いの気持ちを繋ぐ役割を果たしてくれたという。
実はグリエルはダルビッシュに直接会って謝罪しようとしたが、ダルビッシュは「その必要はない」と断っている。それでも、第7戦で事件後初めて2人が対峙した際、ヘルメットを取ってダルビッシュを見つめ、頭を下げて謝罪の意を示した。
ダルビッシュは「完全な人間はいない。いろんな人がこのことから学べると思う」とコメント。この一件を人種差別に対する世界へのメッセージに変えた。
ワールドシリーズの舞台でリベンジを…
ダルビッシュが第7戦で好投してドジャースの優勝に貢献できれば、最高のストーリーだった。しかし、それは実現しなかった。
試合後、ダルビッシュは「特にこの3年、野球に対する情熱が薄れていた」ことを告白する。そんな衝撃的な発言が飛び出したのは、その気持ちがこの9日間で変わったからだった。
「今は、ワールドシリーズに出て活躍したいっていうのが目標になりました」――。
屈辱を味わったWSだった。しかし、仲間の思いやりに触れ、メジャーリーガーとして世界中に社会問題の解決を呼びかけ、ファンの大きな反響に触れた。そして何より、勝ちたい思いが一層強くなった。
このオフ、FAになるダルビッシュの来季の去就は未定だ。ドジャースに残るのか、ほかのチームに移るのか…。まだ何も分からない。ただひとつ分かっていることは、消え去ることのない悔しさと強い欲望を持ってこのオフを迎えるダルビッシュは、心身ともに大きくなって来季のマウンドに戻ってくるということだ。
文=山脇明子(やまわき・あきこ)