ロスが熱狂
現地時間12月9日(日本時間10日)、晴天に恵まれたアナハイム。気温30度と汗ばむ陽気のなか、エンゼルスタジアムの正面に設置されたステージに一人の男が現れると、詰めかけた1000人を超えるファンから大きな歓声が上がった。
“Hi, My name is Shohei Ohtani”―。
男が照れくさそうに話すと、ファンから再び喝采が上がった。
「縁のようなものを感じた」
ポスティングシステムでのメジャー挑戦を表明していた日本ハムの大谷翔平。全米を巻き込んでの大争奪戦は、当初の想定よりもずっと早い決着となった。
獲得の申し込みがあった球団の中から、面会交渉に応じるチームを一気に7球団まで絞ったのが現地3日のこと。その翌日から面談を開始し、パドレスと交渉したとの報道が流れた次の日にはエンゼルス入りを発表した。
決断の理由について聞かれた大谷は、「何かエンゼルスと縁のようなものを感じた」と短く答える。その後もエンゼルスに決めた理由を詳しく聞き出そうとする質問が飛んだが、大谷の返答はそれ以上膨らむことはなかった。
公開会見のあとに日本人記者のみで行った囲み取材でも、決断のきっかけについて何人かの記者がさらに聞いたが、やはり大谷は「最高の環境一つで選んだわけじゃないですし、ただ縁を感じてなんで…」「響いた言葉というよりは、感覚的なところです。フィーリングが合ったんじゃないかなという感じ」と答えている。
“本命”と目されていなかったエンゼルス
絞り込んだ7球団との面談に「まっさらな気持ち」で臨んだと言う大谷。交渉が解禁となった時も、面談を行う7球団が判明した時も、エンゼルスは獲得候補としてあまり大きく取り上げられることがなかったが、最終的にそこに決まったというのは大谷にとって自然と気持ちが向いた結果だったということであろう。
他のチームがどんなプレゼンテーションを行ったのかは明らかになっていないものの、エンゼルスのビリー・エプラーGMが通常5人で中4日登板となる先発を6人で回す方法を取り入れる姿勢であることは、メジャーでも“二刀流”を目指す大谷の獲得を目指すうえで大きなアドバンテージとなったとみられる。
また、野手起用に関しても「投げた翌日は休んで一日起きに出場と休みを繰り返す」案と「登板の間に1度だけ打者として出場する」案など複数のプランを用意しつつ、大谷が2014年を最後に守っていない外野を守らせるようなことはしない方針であることを提示したことが明らかになっている。
報道などでここまでに伝わっているものだけでも、エンゼルスがいかに大谷の受け入れに積極的であったかがお分かりいただけるだろう。
「ここがスタートライン」
エンゼルスの投手陣というと、エースとして期待されていたギャレット・リチャーズが故障に苦しんでおり、ここ2年はいずれも6試合の登板に留まっている。地元紙『オレンジカウンティ・レジスター』は、リチャーズ以外にも来季故障明けの選手がいるチームにとっても、先発6人制というのはプラスになると見ている。
また、野手の起用では、今季は指名打者としての出場がメインだったアルバート・プホルスを一塁に回すことが多くなるとみられる。来季開幕時には38歳を迎えるベテランスラッガーだが、このオフは故障もなく順調に過ごしており、マイク・ソーシア監督も「最低でも週に2日は一塁」というプランに何の不安もない様子だ。
確かに年齢的な動きの衰えは否定できないが、プホルスというメジャー・リーグ史に残るスーパースターは、チームから求められたことには何でも挑戦する選手である。打つだけでなく守りでもチームに貢献できる一塁での出場が増えることに、逆にモチベーションを見出す姿に何の疑問もない。
互いに求めるものが一致し、その中で自らが慣れた環境を出来るだけ保持しようと努めてくれること。さらにメジャーで揉まれるなかでの成長を目指す自らの健康面を気遣ってくれる球団の姿勢。そしてマイク・トラウト、プホルスというスーパースターから学ぶことが出来る機会。加えて温暖な気候や日本人コミュニティーの大きさ、環境や治安の良い地域であること...。これだけ魅力的な条件があれば、大谷が“即決”したのも納得できる。
何はともあれ、クリスマス前までが期限だったチーム探しは8日目に決着。9日目にはもう入団会見という予想を超える速さで進んだ。
「ここがスタートラインだと思っているので、本当ここからが始まりですし、これから先の方がより大事なんじゃないかなと思っています」。
自らのフィーリングを信じ、23歳の怪物は“エンゼルス・大谷翔平”として新たな一歩を踏み出した。
文=山脇明子(やまわき・あきこ)