コラム

日本人にとってのウインターリーグ~カリブ地域への進出~

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コロンビアリーグの風景 写真=阿佐智

先駆者・中日


日本からのウィンターリーグ参加は、2000年代半ば以降急増する。日本の球団が若手選手に実戦経験を積ませる場としてウィンターリーグを利用するようになったからだ。

 育成目的での、ウィンターリーグへの選手派遣の先鞭を切ったのは中日である。掘り出し物を狙うべく現監督の森繁和がドミニカでスカウティングを始めたことをキッカケに、自軍の選手を2006年オフから派遣。この年から4シーズンで延べ21人の選手が当時カリブ最強と言われていたドミニカリーグの各球団に派遣された。

 そのレベルの高さから、若手というより中堅クラスや有望株が派遣されたが、それでも、2008-09年シーズンに首都サントドミンゴに本拠を置くレオーネス・デ・エスコヒードに所属した新井良太をはじめとする3人の選手は、ベンチ入り登録をされることなく武者修行を終えている。一方で長峰昌司などは、現地球団エストレージャス・デ・オリエンテに気に入られたのか、4シーズン連続で参加し、通算17試合すべてに先発マウンドに立ち、5勝6敗、防御率3.42という成績を残している。

 このリーグで経験を積んだ者の中には、中田賢一(2006-07年エストレージャス)、吉見一起(2007-08年エストレージャス)、山井大介と浅尾拓也(ともに2008-09年エストレージャス)ら、落合政権下の黄金時代を支えた人材の名前も見られる。


ソフトバンクと巨人の明暗!?


 中日に続いて中南米に選手育成の場を求めたのは、ソフトバンクだ。2010年オフにプエルトリコに2人、このシーズンからリーグ戦を開始したオーストラリアに4人を派遣したのを皮切りに、2017年オフまでに、延べ27人の選手が、両国のウィンターリーグに参加している。

 その後、ソフトバンクに続けとばかり、翌シーズンからは巨人がプエルトリコへの派遣を開始。ソフトバンクは2014年オフを最後にプエルトリコへの派遣を中断しているが、巨人は昨年も若手のホープ、岡本和真ら3人を、個人参加した松坂大輔(前ソフトバンク)と同じヒガンテス・デ・カロリーナに派遣するなど、これまで12人をプエルトリコリーグに送っている。

 両球団がドミニカでなくプエルトリコを選んだのは、米国領ということでの渡航のしやすさと、スペイン語圏のラテンアメリカにあって、英語が比較的通じやすいこと、それに、ドミニカと比べ(こちらは治安面に大いに問題がある)若手選手に適したレベルであることが理由だろう。派遣初年度のメンバーには、高卒ドラ1で入団しながら一軍のマウンドに上がることなく引退した辻内崇伸の名があり、また2013年オフに派遣した一岡竜司が広島に移籍してから成果を出すなど、巨人のプエルトリコ派遣策は花開いたとは言い難い。

 一方でソフトバンクは、岩嵜翔(2010-11年カロリーナ)、柳田悠岐(2011-12年カグアス)、福田秀平、東浜巨(2013-14年カロリーナ)らが、今やチームを支える顔として活躍するなど、この武者修行を確実にチーム強化につなげている。これに触発されてか、2015年オフには、オリックスが山崎福也、吉田一将という“ドラ1コンビ”を、プエルトリコに送っている。


目的を持った個々の挑戦


 球団が主導して若手選手を中南米へ送り出すようになると、自らの意志で単身、武者修行に臨む選手も出始める。

 最近で言えば、すでに挙げた乙坂や松坂のほか、昨オフには五十嵐亮太(ソフトバンク)、森雄大(楽天)がメキシコでプレー。日本ハムの村田透は、インディアンズのマイナー時代の2011年オフ、パナマリーグ初の日本人選手として、開幕戦のマウンドに立ち、翌シーズンからはベネズエラに修行の場を移した。

 また、独立リーグも選手をウィンターリーグに送り出す動きをみせている。シーズン中の約半年しか給料の出ない独立リーガーにとって、オフシーズンは収入にもトレーニングの場所にも頭を悩ます時期である。この問題を解決すべく、ルートインBCリーグは石川ミリオンスターズが音頭をとって、2011年オフから2シーズン、コロンビアリーグに16人の選手を派遣した。

 ウィンターリーグの頂点を競うカリビアンシリーズへの出場が認められていないコロンビアリーグは、中南米のウィンターリーグにおいては第2勢力という扱い。プロ(NPB)の選手には物足りないであろうそのレベルも、独立リーグの選手にとってはちょうどいい。リーグが仲介する派遣は2シーズンで終わってしまったが、その後も3人の独立リーガーがコロンビアに渡っている。


その他にも…


 ちなみにコロンビアリーグは、2001-02年シーズンに日本人選手を初めて迎えている。詳細は不明だが、うちひとりは大学の準硬式野球部出身者だった。この当時はメジャーリーグブームもあって、夢を追いかけ多くの選手がアメリカのマイナーリーグや独立リーグに挑戦していたが、その流れでコロンビアにたどり着いたのだろう。

 同じような流れで、2004-05年シーズンには、当時アメリカの独立リーグでプレーしていた長坂秀樹投手と、元日本ハムの村西辰彦外野手がカイマネス・デ・バランキージャでプレー。ここでふたりは、のちにメジャーリーガーとなる若き日のジョナタンとドノバンのソラーノ兄弟とともにプレーし、オールスターゲームにも出場している。


取材・文=阿佐智(あささとし)
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