白球つれづれ2018~第16回・上昇気流に乗った燕たち
これって何? 思わず首をひねってしまった。交流戦の最高勝率チームがヤクルトに決まった。17日の日本ハム戦に勝利して12勝5敗。この時点で2位のオリックスとは1ゲーム差、共にあと1試合を残すが両チームの対決ではヤクルトが勝ち越しているため、仮に同率で並んでもツバメ軍団に軍配は上がる。
まずは、めでたしと言いたいがどうしても交流戦の表彰規定は納得がいかない。最高勝率のヤクルトには賞金500万円が贈られる。ところが勝ち越したリーグ(今年もパリーグだが)の勝率1位にはヤクルトを大幅に上回る1000万円。以下、パ・リーグのチームには2位から順に500万、400万、300万、200万、100万円が贈呈され、MVP(賞金200万円)も勝ち越したリーグの勝率1位球団から選ぶと規定されている。
セ・リーグ対パ・リーグの対決を売り物としているのが交流戦。日頃では見られない対決が新たな興味を呼び、この交流戦の勝敗がその後のペナントレースの勢いにも直結することも珍しくない。
今ではすっかり定着したものの、今年のように全体はパ・リーグが優勢でも、いやそうだからこそセ・リーグの中で最も気を吐き頂点に上り詰めたヤクルトへの賞賛は高い。プロである以上、最高に輝いた球団と選手に副賞もついてくるべきだろう。メインスポンサーである大手生命保険会社もきっとそう思っているはず。ここは来年以降の規約改正につなげて欲しい。
借金9からの逆襲
開幕直後のこと。当コラムで「今年のヤクルトはなめたらいかんぜよ」と取り上げた。昨年は球団ワーストの「96敗」を喫して断トツ最下位。だが、オフに監督の小川淳司以下、ヘッドに宮本慎也ら首脳陣を一新。特に宮本の存在はぬるま湯と言われるチーム体質を根本から変える「劇薬」になり得る。加えてこの数年、故障に泣かされてきた川端慎吾や畠山和洋ら3年前のⅤ戦士の復活も期待できる。青木宣親の復帰も心強い。つまり、前年に比べて大幅なチーム改造がなされているのがその根拠だった。
しかし、交流戦前にはずるずると負け数を増やして定位置の最下位へ。こちらの見立ての甘さに恥じ入るばかりだったが、交流戦をバネに息を吹き返した。借金9からの逆襲で首位・広島の背中が見える位置までこぎつけている。
そんな中で地味ながらもチームの浮上を支える二人の仕事人にスポットを当ててみる。1人は2年目の左腕・中尾輝。この交流戦でも指揮官が最も手ごたえをつかんだ「新勝利の方程式」と呼ばれる抑えの陣容。中尾から17年目のベテラン・近藤一樹につなぎ、最後は6年前のドラフト1位・石山泰稚が抑える必勝パターンだ。中でも昨年は全く戦力として計算の立たなかった中尾が今季は中継ぎで5勝をマーク。首脳陣にはうれしい誤算だろう。
「昨年は切れのいいスライダーは評価しても体力不足だった。1年間ファームで鍛えてオフには台湾のウインターリーグでも経験を積ませた。体が出来て、中継ぎで使ううちに白星も上げて自信につながったのでしょう」と小川は目を細める。
頼りになる男
さらに指揮官の評価が高いのは打撃の職人・坂口智隆だ。17日現在の打率.328はセ・リーグの打撃成績で4位、どの打順を任されてもコンスタントに3割を超す数字を残せば、守っても外野の全ポジションを務め、時には一塁にまで入る。チームにとってこれほど使い勝手がよく、頼りになる選手も少ない。
この坂口がオリックスを離れてヤクルトのユニホームに袖を通したのは3年前のこと。当時、編成の責任者だった小川が述懐する。
「この年のドラフトでうちは高山(俊、明大から阪神ドラフト1位)を獲ろうとしたがうまくいかず、外野手の補強が必要だった。坂口にはいくつかの球団が興味を持っていて、中でも西武に決まりかけていた。その西武に返事する1日前にうちが手を挙げて獲得が決まった」。もう1日、提示が遅れていたらヤクルトの坂口はいなかった。これも野球の裏ドラマだろう。
中尾の背番号が13なら坂口は42。共に野球界では嫌われる数字だ。13は「13日の金曜日」として不吉とされ、42も「死に番」と呼ばれスタープレーヤーがつけることは少ない。マスコミで取り上げられることもめったにない地味な仕事人。彼らが活躍すれば当然のようにチーム力は上がる。交流戦の賞金はチームで500万円でもヤクルトは浮上への確かな手ごたえをつかんだ。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)