遊び心を忘れない34歳
シンシナティ・レッズのカナダ人内野手ジョーイ・ボットは、非常に愉快な選手だ。
6月19日のタイガース戦、打席に入ったボットと、タイガースのマット・ボイド投手の間を、一羽の小鳥が呑気に歩いていく。
するとボットは、タイムがかかると鳥に歩み寄り、しっしっと追い払った(その努力も空しく鳥に無視されてしまったのだが…)。その時、レッズは無死満塁。鳥から相手にしてもらえなかったボットは、カウント2-1から低めに入ったカーブを見事に右中間へはじき返し、満塁本塁打。するとホームを踏む前に両手を鳥の羽のように動かしてホームインした。
自らのこの一本で4-0と先制し、レッズを勝利に導いたボットは試合後、「本当は鳥を驚かしたかったんだけど、そんなことをしたら動物愛護協会の人に怒られるからね」といたずらっぽく笑った。また、左翼手のアダム・デュバルが、自らの守備位置にも同じ鳥がいたことをボットに指摘されたときに、「彼は少しの間、たむろっていたね」と答えると、すぐにボットは「なんであの鳥が雄だとわかるんだよ!」と指摘する。そんな選手だ。
一塁手のボットは、一塁側のスタンドにいるファンをからかって遊ぶのも大好きで、ファウルボールをキャッチしたあと、スタンドに向かってボールを投げてあげるフリをしてファンがその気になると突然背を向けてファーストベースに戻ったり、一塁のスタンド方向にコロコロ転がったファウルボールをファンがキャッチしようとするのを見て、わざとスピードを上げてファンがボールをキャッチする前に奪って見せたりする。
極めつけは、去年の今頃。昨季チームメイトだったザック・コザルト(現エンゼルス)に、もしオールスターに選ばれたらロバを買ってやると一方的に約束し、見事選出されると本当にロバをプレゼントしてしまったのだ。
カナダのイチロー
そんな“遊び心”あふれるボットは、肝心の野球でもチームの主力選手として長年にわたって活躍している。レギュラーに定着した2008年にナ・リーグ新人王の座を当時カブスのジオバニー・ソトと争う(結果は2位)と、2010年にはナ・リーグの最優秀選手(MVP)に輝き、オールスターにも5度選出されている。
出塁率は2010年から昨年までの8年間で6度のリーグトップを誇り、今季も3日(日本時間4日)を終えた時点ではナ・リーグのトップに立っている。打率も3割に満たなかったのは、レギュラー定着以降の10シーズンで2回だけ。しかも、そのうちの1回には、故障の影響で出場試合が62試合とどまった2014年も含まれる。
【年度別打撃成績】
17年:打率.320/出塁率.454☆
16年:打率.326/出塁率.434☆
15年:打率.314/出塁率.459
14年:打率.255/出塁率.390
13年:打率.305/出塁率.435☆
12年:打率.337/出塁率.474☆
11年:打率.309/出塁率.416☆
10年:打率.324/出塁率.424☆
09年:打率.297/出塁率.414
08年:打率.321/出塁率.368
☆=リーグ最高
野球よりもホッケーが断トツに人気のあるカナダ出身だが、野球に打ち込んだのは、用具費などお金のかかるホッケーよりも野球の方が金銭的に親に迷惑をかけることがなかったからだという。もちろん、それと同時に自らも野球を好きになり、誰とでも対等に争えるという自信を得ていたことが、大きな後押しとなった。
遊びで他のスポーツをすることはあっても、真剣に取り組んでいたのは、小さい頃から野球のみ。高校生の時には、「自分には野球でやっていける大きなチャンスがある」と認識し、さらに努力を重ねた。
メジャーに入ってから11シーズンあまり、安定した成績を残している理由を尋ねると、「努力、努力、そして鍛錬」と話す。ずっと憧れ、お手本にしていた選手が、現在マリナーズの会長付特別補佐を務めるイチローで、自らを「カナダのイチロー」と謳っていたのは有名な話。また一昨年の8月、マーリンズがシンシナティでレッズと戦った際には、ジョークでドーナツを大量に送ってきたイチローに、ピザを51枚送り返したことでも大きな話題となった。
しかも、イチローに送りたかったピザのチェーン店がシンシナティになかったため、約153キロも離れた隣のケンタッキー州ルイビルから交通費約2万2000円を追加してまで注文したというおまけつきだ。
イチローへの敬意
イチローとは試合の時に仲良く話す姿もよく見られたが、ボットによると、それほど親しい間柄ではないそうで、それだけに「イチローの所属するチームと対戦する時はとてもエキサイティングだった」と、試合で会って話せることをいつも心待ちにしていた。
ずっと目標としてきたイチローが今季一旦選手から退くことを決意した時は、「とても悲しかった。でも同時に、人ができるわけないと思っていたことを多く成し遂げた彼のキャリアを祝福したいとも思った」。そして、「彼のことを心から尊敬しているんだ」と微笑む。
年齢としては、イチローよりも10歳年下となる。自らの野球キャリアについて、どのようなプランを持っているのか尋ねると、次のような答えが返ってきた。
「とにかく故障に気をつけてプレーし続ける。50歳までプレーして、死ぬよ。イチローみたいにね」
常に遊び心を持ち続けたまま一流のメジャーリーグキャリアを築いてきたボットは、イチローに一歩でも近づきたいという、おそらく本心であろう希望を、やはりいたずらっぽい表情で話した。
文=山脇明子(やまわき・あきこ)