リアリスティックな少年
プロスポーツ選手に話を聞くと、多くは「小さい頃からプロになることを夢見ていた」と、プロになることに対する思いや、苦労を重ねて歩んできた道のりについてを語ってくれる。それらは、スポーツ選手ではなくても、目標に向かって日々奮闘している人々に、多くの勇気を与えてくれる価値のある話ばかりだ。
しかし、今季の開幕投手を務め、自身2度目のオールスターに選出されたアリゾナ・ダイヤモンドバックスのパトリック・コービン投手は、「小さい頃は野球をしながらワールドシリーズでプレーする自分を想像したりしていたよ。でも、学年が上がるにつれて、それを現実的には受け止めなくなっていた。自分がプロになるなんて、夢のまた夢だと思っていたからね」と話す。
ニューヨーク州シラキュースの郊外で生まれ育ったコービンは、高校に進学した時も父から野球部のトライアウトを受けるよう勧められたが、仲のいい友人と遊ぶ方がいいと断った。
「父は、いつも僕とキャッチボールをして遊んでくれていた。僕の肩が人一倍強いことは、父が誰よりも知っていた」。コービンは、父が野球部のトライアウトの申し込み用紙を手に入れた理由を理解していたが、気心の知れた友人たちと過ごすことが何よりも心地良かったという。
結局、高校でクラブ活動をすることにしたが、選んだクラブは野球ではなく、フットボールとバスケットボール。フットボールではクオーターバックとセーフティーをこなし、バスケットボールでは1試合のスリーポイント成功数で学校の記録を塗り変える活躍だった。
ジーンズでトライアウトへ
そのコービンに転機が訪れたのは、高校3年生の時だ。バスケットボールチームの友人が、コービンに野球部のトライアウトを受けるようにしつこく勧めてきた。
それほど野球部への執着心がなかったコービンは、「確かジーンズで行ったと思う。グローブを持っていったかどうかさえ覚えていない」と当時を振り返ってくれたが、時速80マイル(約129㎞)の速球を左腕から投げ込み、即野球部入りが決定する。
学業の成績が4年生の大学に進学するのに十分ではなかったこともあり、コービンは短大に進んで野球とバスケットを続ける。スカウトからあまり注目されない学校だったが、フリーエージェントでの契約申し込みを受けるほどで、短大の中でも有数の野球のプログラムを要しているフロリダ州のチポラ・カレッジに転校。2009年のアマチュアドラフトで、2巡目全体の80位でエンゼルスから指名され、翌年ダイヤモンドバックスへトレード移籍。2012年にはメジャーデビューを果たし、2年目の2013年には14勝8敗、防御率3.41。自身初のオールスターにも選出された。
「僕が野球部に入らなくてもずっと野球をやっていたのは、野球が大好きだったから。とても楽しかったし、友達と野球をして過ごす時間が僕にとって最高の時間だった」
真剣にプロを目指すどころか、野球部への入部さえ考えていなかった間でも野球への愛情が常にあったことを明かした。
自らが、夢のまた夢ではなく、本当にメジャーリーガーになれるかも知れないと自覚したのは、自分の投球を見るために、多くの観客が集まり、スカウトが足を運んだチポラ短大時代だったという。
喜びと苦しみを経て
ついに、楽しむだけでなく、本気で打ち込めばプロになれると認識したコービンは、同大では野球のみに打ち込んだ。そして本当にメジャーのマウンドを踏み、好成績を残し、自らの地元であるニューヨークのシティフィールドで(2013年に行われた)オールスターの一員としてフィールドに立った。高校生になっても、これといった夢を描けなかった青年が、ついに夢を実現することの喜びを感じた。
ところが、翌シーズンの2014年に左ひじの内側側副靱帯損傷でトミー・ジョン手術を受け、シーズンを棒に振った。初めての開幕投手を告げられていたが、その役目も果たすことなく、野球から離れることを強いられた。コービンが、初めて野球から離れることの辛さを味わった時だった。
「フィールドに出てチームメイトと一緒にプレーし、チームを助けることができないことほど面白くないことはなかった」
完全復帰できるかどうか不安を抱える一方で、「この故障から復帰した投手は何人でもいる」と自らに言い聞かせてトレーニングに取り組んだ。
復帰後の2年は、思うような成績を挙げることが出来なかった。しかし昨季14勝(13敗)をマーク。そして今季、ついにシーズン開幕のマウンドに立ち、野球をする喜びを感じながら出だしから好調のダイヤモンドバックスを支えている。
そのコービンに選手としての目標を聞いた。「ワールドシリーズ」という答えを少し期待して。ところが彼の返答は、「先発のマウンドを踏むたびにベストを尽くし、戦い、次はもっと良くなること」だった。
しかし、昔のように「夢のまた夢」とは思っていないことは、わかる。コービンの掲げた目標を繰り返した先にあるものが、「ワールドシリーズ」なのだから。
文=山脇明子(やまわき・あきこ)