コラム

稀代の“名将”森祇晶が見たライオンズ

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始球式を務め、辻監督(右)と握手する西武の森祇晶元監督=メットライフドーム

白球つれづれ2018~第21回・名将・森祇晶“古巣”に帰る


 7月20日のメットライフドームは試合前から、いつもと違う雰囲気に包まれていた。多くのカメラマンやテレビクルーが囲む先にいたのは、かつて西武の黄金期を率いた名将・森祇晶だ。もっとも選手たちはと見れば山川穂高や秋山翔吾らが、きょとんとしながら慌てて挨拶、それも無理はない。何せ森が西武のユニホームを脱いでから24年の歳月がたっている。森はすでに81歳である。

 『ライオンズ フェスティバルズ 2018』と銘打たれた真夏のイベントの一環としてレジェンドOBである森は球団から招かれた。

 「このような場にお招きいただき、光栄であり感無量です」始球式に先立ち、マイクの前に立った元指揮官の声が場内に流れると「森コール」が期せずして沸き起こる。その景色は30年以上前に戻ったようだ。

 とにかく強かった。1986年にヘッドコーチから監督に就任。レオ軍団は日本球界を支配した。秋山幸二、清原和博、O・デストラーデの強力クリーンアップの周りを石毛宏典、辻発彦(現監督)、伊東勤らの名手が固める。投手陣は東尾修を筆頭に工藤公康、渡辺久信、郭泰源らの強力先発陣と潮崎哲也、鹿取義隆らの抑えまで隙がない。豊かな戦力を確かな采配で無敵艦隊に仕立て、在任の9年間で8度のリーグ優勝と6度の日本一に輝いた。

 中でも圧巻の語り草となっているのは1987年、巨人との日本シリーズだろう。第6戦の8回裏、秋山の中前打で一塁から、まさかのホームへ生還。中堅・クロマティの緩慢な守備を事前のデータで調べ上げていた森野球の神髄。その時の一塁走者こそ現監督の辻だった。

 辻が監督に就任した昨季から着手しているのが恩師譲りのディフェンスと機動力の強化だ。豪快な一発野球に見られがちだが、源田壮亮や外崎修汰、金子侑司らが塁上を駆け回り、彼らは俊足強肩で鉄壁な守りにも貢献している。

 では、かつての名将は現在の辻西武をどのように見ているのだろうか?


老将から愛弟子へのアドバイス


「打つ以外に守る、走るといった部分では辻になって変わってきたし、良くなっている。だだ、あの投手陣じゃ大変だな」

 黄金期の投手スタッフとは比べようもないが、久々の観戦となったこの夜も大黒柱の菊池雄星が早々と楽天打線につかまり大敗。中継ぎ、抑え陣も崩壊では一時的な首位陥落も覚悟しなくてはならないだろう。

 西武の監督を退任してからの森は、横浜ベイスターズで指揮を執るがわずか2年で成績を残せずに退団。以降は居住の地をハワイに移して悠々自適の生活を送っている。常夏の島にいても日本野球をテレビでチェックしているという。それでも、現役選手ではⅤ9巨人の頭脳として、監督としては不敗の指揮官として常に栄光を手にしてきた実績は揺るがない。そんな老将が愛弟子の辻に必勝の定義を伝授する。

「最近のゲームで浅村(栄斗)が流し打ちのチームバッティングをやっていた。クリーンアップであれが出来ることに値打ちがある」

 かつての黄金期でも秋山、清原らが好機にためらわずチームバッティングを優先させてきた。本塁打より進塁打。確率を重視して、より勝利に近づけるのが森流勝利の鉄則。さらに弱体投手陣にも打開策を明かした。それは「捨てゲーム」を作る覚悟だ。

「現状を考えたとき、勝てる試合に全精力をつぎ込む。極端なことを言えば3試合のうち、ひとつは捨てゲームを作ってもいい。ここは若手の育成に重きを置いて、勝ちを拾えれば儲けもの、と割り切って考える。すべて勝ちにいって戦力をすり減らしていては元も子もなくなる」

 優勝チームの年間勝率は一部の例外を除けば6割強。10試合単位で計算すれば6勝4敗でこのラインに近づける。緻密に負けを計算しながらもリスクを最小限にとどめて、最後は頂点に立っているのが森野球の哲学。こんなアドバイスが届いてペナント奪還となるか?ハワイに戻ったかつての名将は秋の吉報を心待ちにしている。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
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