白球つれづれ2018~第31回・辻監督のシナリオ
戸惑い後、歓喜。西武ライオンズが10年ぶりのリーグ優勝を決めた。敵地・札幌ドームに乗り込んでの戦いは、勝って胴上げとはいかなかったが、2位のソフトバンクがロッテに大敗して決着がついた。
試合後の優勝セレモニー。地元のメットライフドームなら歓喜爆発、といくところだが、どこでどうふるまっていいのか? 静かな喜びの中で指揮官・辻発彦の胴上げがはじまった。何せ10年ぶりの優勝ともなれば、その頃の歓喜の輪の中にいたのはもうわずか。フロントでもⅤセレモニーから祝勝会の手順を「ソフトバンクに聞かなくては」と心配したほどだ。かつての常勝時代なら他球団が教えを請いに来ていたというから10年の歳月を感じずにはいられない。
ビールかけに喜びが爆発した祝勝会でも、山川穂高から「どう、騒いでいいのか、わからないっす」の声。それでも用意された3000本のビールはわずか30分で文字通り、泡と消えた。
史上最強打線と史上最弱投手陣。さらに加えればチーム最多盗塁に最多失策。野球界の近年の流れから言えばディフェンス重視が勝利の鉄則とされてきたが、それらをすべて吹き飛ばす破壊力が今季の辻西武にはあった。
指揮官の手腕と懐の深さ
辻が監督に就任したのは昨年のこと。チームは14年から3年間Bクラスに沈み、かつてのまばゆいばかりの栄光は吹き飛んでいた。そんな中で着手したのはレギュラーの若返りと機動戦士の育成だ。
ルーキーの源田壮亮の加入でこれまでのウィークポイントだった遊撃が埋まる。シーズン途中からは山川穂高を4番に起用、外崎修汰も外野へのコンバートで答えを出した。彼らがさらに凄みを増した今季、今度は森友哉を本格的に捕手として起用する。こうして、1番から9番までどこからでも得点できる脅威の布陣が出来上がっていったのだ。
9月中旬のソフトバンクとの天王山。あろうことか、秋山翔吾、金子侑司、源田の3選手で4つの盗塁を仕掛け、ことごとく甲斐拓也に刺されるプレーがあった。一歩間違えれば試合の流れを渡し、ペナントにも影響を及ぼしかねないギャンブルと映った。しかし、あるチーム関係者はここに辻の凄みを見ていた。
「あの場面はほとんど選手の判断に任せるグリーンライトのサイン。監督はその失敗を叱ることはないし、逆にあれを見せておくことで先々の戦いで相手が過剰に意識してくれればいい」
積極性と自主性を植え付け、個性を伸ばす。現役時代は俊足好打を誇った名二塁手。本来なら守りの野球を標榜してもおかしくない。だが、チームの現状を把握してストロングポイントで勝負出来たからこそのV奪還だった。
広島に新井貴浩の存在がある。今季限りの現役引退を決めてチームは「新井さんを胴上げする」と団結力を高めた。同じように西武には松井稼頭央がいる。精神的な支柱でもあるベテランの後姿を学び、中村剛也、栗山巧の生え抜き17年生が終盤の大事な試合で輝きを増す。老・中・壮すべての戦力を局面に応じて使い分けた用兵の妙もまたチームを生まれ変わらせた。
思い描くその先
この10年、チームは有力選手の流失に泣かされてきた。涌井秀章(ロッテ)、岸孝之(楽天)、野上亮磨(巨人)、中島宏之(オリックス)、片岡治大(巨人)ら枚挙にいとまがない。弱体投手陣の大きな要因となっている。
一方でソフトバンクは毎年のように強力な補強を行いその差は開くばかりだった。しかし、今季は開幕直前に阪神から榎田大樹を獲得すると期待以上の2ケタ勝利をマーク。夏場に投手陣が崩壊寸前に陥ると小川龍也、ヒースらを緊急補強して立て直した。
「うちの強みは生え抜きの選手がレギュラーとしてしっかりやれる。スカウティング、育成が脈々と受け継がれるのがライオンズ」とチーム編成を任されるシニアディレクターの渡辺久信。「それを監督がうまく使いこなしてくれた」と辻の手腕を評価する。
まだまだ、辻の描くチームの理想像には遠い。強打に、スキのない走塁に、ライバルたちをねじ伏せる投手陣。かつての西武がそうであったようにその目はV2、V3を見つめる。ビールかけが年中行事になるまで辻の改革は続く。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)