白球つれづれ2018~第32回・巨人の御家騒動
10月3日、野球界に大きな衝撃が走った。巨人の若き指揮官・高橋由伸が突如の辞任を発表、就任3年目の今季は一度も優勝争いに食い込めず広島の独走を許した。
「監督はすべての結果と責任を背負うもの」と高橋は潔かったが、球団から必死の慰留を受けたとは考えづらい。この時点でわずかながらもクライマックスシリーズ進出の可能性は残されていた。にもかかわらず、オーナーの山口寿一は「ドラフトに向けたぎりぎりのタイミング」と語り、スポーツ各紙には後任に原辰徳前監督の再々登板が規定事実のように伝えられている。
チームがのるかそるかの大一番を前に「ドラフトの準備優先」で人事が進められるのだろうか…?すでに9月の段階で球団は大きな決断をしていたと考えるのが普通だろう。
球団の歴史を背負ってきたスター選手が監督に就任する。そして「常勝軍団」の名のもとに結果が残せなければユニホームを脱ぐ…。巨人の不文律に関しては、当コラムの第29回(由伸丸よ、どこへ行く?)でも触れた。
確かに若手育成に舵を切り、岡本和真らが成長した。一方で、アレックス・ゲレーロや野上亮磨らFA獲得組の不振に、沢村拓一、スコット・マシソン、アルキメデス・カミネロの“勝利の方程式”が完全崩壊するなど、誤算が相次いだ3年目の高橋政権には同情論もある。だが、勝負事は結果がすべて。本人の決断も含めて受け入れるしかない。
見えなかった高橋由伸の色
この3年間、常々残念でならなかったのは「高橋由伸の野球」というものが最後まで見えなかったことだ。喜怒哀楽のない表情はファンの間でも「いやいや監督をやっている感じ」という声が聞かれた。
前任の原辰徳の時には、相手の意表を突く仕掛けの野球を多用。貴重な一発にはベンチを飛び出して選手とともに喜びを爆発させた。高橋の場合は選手から即指揮官に就任した経緯もあり、どんな野球をやり、どんな手法で難局を乗り越えていくのか?ベンチワークらしきものがなかったに等しい。
「選手から監督になって勉強する時間もなかった。残念だね」と、自らも巨人監督経験のある王貞治ソフトバンク球団会長のコメントだ。さらに個人的にはコーチ陣の配置に高橋色を出せなかった点も惜しまれる。
40歳で監督に就任したとき、腹心と目されたのは内野守備走塁担当の井端弘和と打撃担当の二岡智宏の両コーチだ。しかし、高橋の脇を固めたのは村田真一(ヘッド兼バッテリー)、吉村禎章(打撃総合)、斎藤雅樹(投手)らの年長コーチ陣。球団からすれば、経験の少ない指揮官を助けるためにベテランコーチを配したのだろう。だが、彼らは同時に原人脈として知られる。
一回り近く年の離れたコーチにどれだけ高橋が心を開き、時には厳しい要望を出せたのか?少なくとも井端あたりをそばに置いて監督を補佐できれば、もう少し高橋の色が出せたような気がしてならない。
球団の高橋辞任の発表時期に関して疑問を呈したが、同時にGMである鹿取義隆の解任も決定的とされる。昨年6月に同職に就任したばかりで、わずか1年あまりの解職が事実なら笑いものと言うしかない。確かにこの1年のFA、ドラフト、トレードと言った補強策は失敗に終わった。しかし、GMとは球団とともに向こう5年、10年のチームの在り方をどう作り上げていくのか?を求める要職だ。それが短期間にコロコロと首をすげ替えていくのでは意味がない。もっと、問われるべきはフロントの大罪だろう。
この数年、巨人は野球賭博事件を始めグラウンド外のトラブルが続出して野球どころではない惨状を呈している。ここでもオーナーや球団社長らが辞任を繰り返して人事面の混乱が続く。フロントのトップから現場との橋渡し役となるべきGMから監督まで、すべてにグラグラでは戦う集団には程遠い。
強いチームとは…
ちょっと違う視点から今回の巨人のお家騒動を見てみる。
まず、強いチームほどオーナーがチームへの口出しをしていない。西武しかり、ソフトバンクしかり。広島のオーナー・松田元は例外だが、彼はスカウト会議にも出席するほど熱意が違う。
第二に、強いチームほどキラーコンテンツを持っている。広島は投手、打撃、守備走塁の圧倒的なバランス。西武は爆発的な攻撃力でパリーグを制覇したが、その根底には伝統のフルスイングがある。加えて控えの戦力が充実しているから、長丁場の戦いに勝てる。
名将のもとに弱卒なし…。3度目の登板が確実視される原辰徳は名将である。威厳と非情と情熱。川上哲治。広岡達朗。森祇晶。野村克也ら過去の勝負師たちの共通する資質だ。しかし、高橋が去ったあと、もうすがるのが原しかいないのも悲しい巨人の現実である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)