白球つれづれ2018~第43回・則本兄弟
方や球界を代表する大エースに、方や育成スタートのルーキー。楽天にユニークな“兄弟選手”が誕生した。則本昂大と弟の佳樹だ。
マラソンに例えるなら、兄の昂大が20キロ過ぎを快走中に対して、佳樹はスタート地点に立ったばかりと言ったところか。肩を並べるには絶望的な差と言えるかも知れない。それでも、いつか同じマウンドに立つ夢は兄弟揃って持っている。
今秋のドラフト会議。佳樹は静岡県島田市の山岸運送本社で「その時」を待った。
野球部の山岸ロジスターズが活動を開始したのは2017年から。ほとんど無名の選手をかき集め、今季は都市対抗・東海地区の静岡予選を優勝も、東海地区の2次予選では敗退。そんな新興の弱小チームにあって、佳樹の可能性を楽天のスカウト・山田潤は見出していた。第1巡指名から待つこと2時間余、あきらめかけたときに“育成2位”で指名された。
150キロを超すストレートにスライダー、フォークを駆使して5年連続リーグ奪三振王に輝く兄が剛腕なら、弟の球速は140キロ前後。「パワーの兄と違い、キレで勝負するタイプ」とスカウトの山田は言う。打者との駆け引きでバットの芯を外し、凡打の山を築くのが身上だ。
北大津高時代は甲子園のマウンドにも立ち、近大でも将来を嘱望されたが、右肩を痛めてリーグ戦登板は1試合のみ。4歳上の兄は三重中京大で頭角を現すと、ドラフト2位で楽天入団、そのままエースの階段を駆け上がる。いつしか「則本の弟」のレッテルが付いて回った。
過去にも、球界には数多くの兄弟選手が誕生している。
直近なら、広島の田中広輔と巨人の俊太や、昨季限りで引退した広島の新井貴浩に阪神の良太。少し古くなると、西武の黄金期に活躍した松沼博久・雅之兄弟。もっと時代を遡れば、400勝投手の金田正一と先日亡くなった留広もいる。東映(現日本ハム)やロッテで100勝以上をマークした留広だが、口癖は「オレだって頑張ったのに兄貴の数字を出されたらグーの音も出なかった」とぼやいたものだ。良くも悪くも比較されるのが兄弟選手の宿命である。
大きな兄の背中を追って…
兄の昂大にとって、2018年は不本意なシーズンだった。入団以来続く2ケタ勝利と奪三振王の座は守ったものの、大事な試合に打ち込まれるケースも多く、実に11もの敗戦を喫する。
最下位転落の責任はエースに重くのしかかる。このオフ、チームは新GM・石井一久の下で大改革に着手した。西武から主砲の浅村栄斗をFAで獲得したほか、広島から福井優也、巨人から橋本到らを獲得する一方で、生え抜きの聖沢諒、枡田慎太郎らに戦力外通告。人材の入れ替えは、ドラフトを含めればすでに30人を超している。巨人に次ぐほどの巨額な投資をしている以上、来季の巻き返しは至上命題だ。
楽天から指名を受けた直後、佳樹は兄から叱咤激励されたという。
「ここからが大変だぞ」「しっかり走っておけよ」
プロの厳しさを知るからこその助言に感謝した。巨人の成長株である畠世周とは、近大時代の同期で寮も同部屋で生活した。彼にも負けるわけにはいかない。
楽天の投手陣を見ると、先発ローテーションに不動なのは則本兄と岸孝之の2人だけ。6人で回すことを考えると、まだまだ不安定と言わざるを得ない。一方で、若手には藤平尚真や古川侑利、安楽智大ら楽しみな人材もいる。よく言えば横一線の争いから誰が抜け出してくるのか?それがなければ来季も苦戦は免れない。
「まずは支配下登録を勝ち取って、1日でも早く一軍に上がりたい」
佳樹の現在地はまだ戦力の手前。だが、ソフトバンクの千賀滉大や甲斐拓也の例を引くまでもなく、近年は育成から大きく羽ばたく選手も珍しくない。
大きな兄の背中を追って。また新たな兄弟選手のドラマが始まる。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)