白球つれづれ2019~第10回・久保の新たな挑戦
今年の2月、スポーツ紙の小さな情報欄に忘れかけていた男の意外な進路が紹介されていた。
久保康友。2017年にDeNAベイスターズから戦力外通告を受けると、昨年は米国の独立リーグでプレー。さらに今年からはメキシコで新たな挑戦を決めたという。3月9、10日にはメキシコ代表が来日し、侍ジャパンとの強化試合に臨んだ。そんな華やかな舞台とも無縁ながら、新天地でまた何かを掴もうとする38歳の生き様に注目したい。
久保が今季から所属するのはメキシカンリーグのレオン・ブラボーズ。中南米と言えば一大野球大国で、ドミニカ、ベネズエラ、プエルトリコ、そしてメキシコが4大リーグと呼ばれ、メジャーへの貴重な人材供給源として知られている。
中南米4大リーグの中では比較的知名度の低かったメキシコだが、近年は実力も上昇。4カ国の上位チームが戦うカリビアンシリーズでも、この4年でメキシコが3度優勝している。他国に比べて治安が良く、月額の報酬も比較的高い(と言ってもレギュラー級で月100万程度が標準)ため、優秀な選手が集まってくるからだ。
また、国内でも春から夏に行われるメキシカンリーグと冬に行われるメキシカンパシフィックリーグに分かれ、特に冬のリーグはメジャーリーガーや、それを目指す2A、3Aの有望株もやって来るのでハイレベルな戦いが繰り広げられる。
試行錯誤を続けた“投げる哲学者”
久保の野球人生はまさに波乱万丈だ。1980年生まれの、いわゆる「松阪世代」。だが中学まで軟式ボールしか握っていなかったので、関大一高入学後もしばらくはその他大勢組だった。ようやく、3年春のセンバツ大会でエースとして決勝まで進むが、その松坂大輔擁する横浜高に敗れる。
その後、社会人の松下電器(現パナソニック)に進むが、ここでも故障続きで主力投手になるのに5年の歳月を要した。ようやく2004年に自由獲得枠でロッテ入りすると、いきなり開幕から7連勝をマークするなど2ケタ勝利を記録して新人王。阪神移籍後の10年にもリーグ最高勝率のタイトルを獲得するなど、NPB通算97勝は成功者の一人と言っていい。
久保のもう1つの特徴は、世界一と称された「クイック投法」だ。通常、1.2秒が走りにくい目安とされるが、久保のそれは最速0.99秒。ある時期から久保がマウンドにいる時の盗塁は無理と、走者もお手上げ状態だった。
阪神時代には、チーム関係者から「投げる哲学者」とも呼ばれた。クイック投法にせよ、緩急をつけた投球にせよ、常に創意工夫を重ねる姿からその名がついた。久保は「考えなきゃこの世界では生き残れなかっただけ」と、あるインタビューで答えている。
ずば抜けた身体能力があるわけではない。150キロを超す快速球を投げられるわけでもない。自分より数段上の実力を持ちながら、未完のままユニホームを脱いでいった選手たちを横目に、いま何をすべきか? 常に自問しながらやっていくのが久保流なのだろう。
好奇心とチャレンジ精神
一昨年オフ、DeNAを戦力外になった時も、国内の独立リーグなどから誘いはあったが、あえて断り米独立リーグでの挑戦を決めた。さらにメキシコ行き。「理由なんてない。一言でいうなら好奇心、野球を違う目で見てみたかった」と語る渡り鳥に悲壮感はない。
サッカー界では今や世界挑戦は当たり前、スペインやドイツと言った有力リーグばかりか、中東や韓国、タイ、オーストラリアなど選択肢は多岐にわたっている。だが、野球の場合はメジャーとその傘下在籍は多くてもそれ以外の国となると少ない。
最近はシーズンオフに豪州、台湾などでのウインターリーグ派遣は多くなったが、1年を通してチャレンジすることに意味がある。今年は久保以外に前DeNA・荒波翔もメキシコ武者修行が決まっている。こちらは松坂の横浜高後輩だ。
日本より野球に取り組む環境は数倍も厳しい。久保が独立リーグにいた昨年のこと、通常練習を終えてさらに球場周辺をランニングしようとしたらストップがかかったという。治安の悪い地域で、球場外は銃口を向けられることもありえたからだ。通訳もいない。自分の右腕だけを信じてアピールし続けるしかない。
「野球」でない「ベースボール」の新たな発見を求めて、久保康友は地球の裏側で戦い続ける。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)