連載:「令和」の野球 第3回
平成から令和へ。新時代のカウントダウンは待ったなしだが、野球界には積み残した多くの課題があるのもまた事実だ。なかでもアマチュア球界に依然として残る暴力問題は根が深い。いくら警鐘を鳴らしても減らない“病巣”は、どこにあるのか? 古い常識や慣習は新時代の野球を模索していくうえで弊害でしかない。
日本学生野球協会では毎月、審査室会議が開かれ全国から報告を受けた不祥事の処分を決定する。同会議では今年の2月から4月までに計34件の処分が行われたが、昨年を上回るペースだという。今春の選抜高校野球出場校の中にも春日部共栄高(埼玉)や松山聖陵高(愛媛)の監督(当時)が部員への暴行で処分されたのは記憶に新しい。
また、今月には東京六大学の法大監督が、これまた部員への暴行と報告義務違反で4カ月の謹慎処分が決まった。同大学リーグの監督が謹慎処分を受けるのは初のこと。こうした問題がアマ球界全体に蔓延していると同時に、まだ氷山の一角であることも忘れてはならない。
古き慣習と歪んだ常識と
一昔前、指導者による体罰や暴言は当たり前のように受け止められていた。今春、ある大学の有力監督が勇退する際に行われた「感謝の集い」でのこと。教え子である現役プロ野球選手はこう語っている。
「平手打ちも、ゲンコツも受け、土に埋められもしましたが、今となっては私の財産です」
そこには恨みもなく、感謝しかない。今の時代なら完全にアウト、暴力どころかパワハラもセクハラも当然のように御法度である。だが、そんなご時世にも懲りずに同様の行いをする指導者はいるのだ。
そこにあるのは、古き慣習と体験からくる歪んだ常識である。何十人もいる部員をピリッとさせて一つの方向に向かせる。お粗末なプレーをした選手にはお灸をすえる。ひとつでも上の成績を残すために気合いを入れる。中には反抗的な態度をとる部員もいる。こうした状況に置かれた時、一部の指導者は当たり前のように暴力で緊張状態を作る。自分が学生時代に受けた指導?を是とする思考法。もしくは、これくらい厳しくやらなければ甲子園など行けない、とする感覚が支配しているのだろう。
自らを省みた先に
これもまた今春、永く和歌山智弁高を率いて昨夏限りで勇退した高嶋仁氏の「囲む会」が大阪で行われた。甲子園春夏通算38度の出場、通算68勝は歴代最多を誇る名将が現場への「置き土産」として贈った言葉が、現在の指導者への指針となるので紹介したい。若干、長くなるのはご容赦願いたい。
「生徒への指導が難しくなっている時代。指導者が変わる姿勢が必要だと思う。生徒との育った環境の違いを認めることが大事。もうひとつ、選手に対して声を荒げる前に、自分が高校時代、どれだけの選手だったかを省みてほしい。自分がそれほどの選手でなかったから指導者として野球に携わる道を選んだはず。そうであれば生徒、選手をもっと大事にしていける」
高嶋氏自身も若いころは鉄拳も辞さずの熱血漢だったが、それだけで勝てるのか? 現代の若者たちの考え方と、それに即した指導法を模索しながらつかんだ境地でもある。
学生野球協会では、これまでも各都道府県単位で指導者講習会を開き、体罰やパワハラの根絶に向けた取り組みを行っている。世の中全体を見ても、親がしつけにあたって子供に体罰を禁止する「体罰禁止法」が制定される方向だ。野球だけが旧態依然では時代に取り残される。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)