青木が通算100号に王手
ヤクルトは29日、本拠地・神宮球場での「平成最後の試合」を迎える。その特別な試合で“節目の記録”に期待がかかるのが青木宣親だ。28日の試合で、広島のジョンソンから左翼席へNPB通算99本目のアーチとなる5号ソロを放ち、節目の通算100号本塁打まであと1本と迫っている。
この日は、序盤から一発攻勢で流れを引き寄せた。青木の一発の他、2回に荒木貴裕の左翼席への2号ソロで先制。3回にはバレンティンがバックスクリーンへの7号ソロを放つと、5回には山田哲人もバックスクリーン左へ7号ソロを放り込んだ。
先発の高梨裕稔は6回5安打無失点8奪三振の投球を披露。「本当に大きな歓声」と、燕党の声援を力に変え、本拠地で移籍後初勝利を挙げた。走者を背負ったピンチの場面でも動じず、「冷静に投げることができた」と振り返った。
高梨が好投すれば、後を継いだリリーフの近藤一樹、石山泰稚が広島の反撃を封じた。青木は「広島は3連覇したチーム。力があるのは知っている。投手陣が抑えて、本塁打だけだけど勝てたことは良かった」と振り返った。
自身の通算100号の記録については「意識はしていない」と話した青木だが、神宮での“平成ラストゲーム”に自らのバットで花を添えたいところだ。
平成に生まれた名勝負と掴んだ栄冠
数々の名シーンを残してきた平成の神宮球場。ヤクルトは野村克也監督就任3年目の1992年(平成4年)に14年ぶりのリーグ優勝を果たすと、翌93年(平成5年)10月15日の広島戦で球団史上初の連覇を達成。野村監督が大勢のヤクルトファンに見守られながら神宮の夜空に舞った。
神宮球場はヤクルト黄金期の象徴となり、日本シリーズという大舞台でも多くのドラマが生まれた。92年の西武との対戦で思い出されるのが、第1戦の延長12回に杉浦享が日本シリーズ史上初めてとなる代打満塁サヨナラ本塁打を放ったシーンだ。
93年は第4戦の8回に飯田哲也が本塁への好返球で代走・笘篠誠治を刺してシリーズの流れを引き寄せると、ヤクルトはこの年15年ぶりの日本一の栄冠をつかむ。
95年はイチローを擁するオリックスと対戦し、2年ぶり3度目の日本一に輝いた。第4戦の延長11回には、オリックス・小林宏とヤクルトの「4番」トーマス・オマリーとの14球の名勝負も生まれた。
ヤクルトは97年、2000年代に突入した01年、15年にもリーグ優勝を達成。97年は開幕から一度も首位の座を譲ることなくペナントを制すると、日本シリーズでも西武を倒し、4度目の日本一を神宮のファンと分かち合った。
平成の時代で優勝6回、日本一4回を達成したヤクルト。その内、神宮で胴上げを決めたのは合計7回と、栄光に彩られた球場といえる。
広島とは超乱打戦も…
“平成最後のビジターチーム”広島との戦いでは、93年5月19日に、「17対16」という超ハイスコアでの乱打戦を展開したことがあった。延長14回・5時間46分の死闘を繰り広げた両チーム。最後はレックス・ハドラーのサヨナラ打でヤクルトが勝利した。
この試合、ヤクルトの池山隆寛が3回にグランドスラム、3ランと2打席連続本塁打を放って1イニング7打点をマーク。両軍合わせて33得点は、43年ぶりのセ・リーグタイ記録となった。
そして迎える神宮での平成最後の試合。8連勝と勢いに乗っていた広島を止め、1勝1敗のタイでカード3戦目に臨む。先発するベテラン・石川雅規は「なんとか最後いいかたちでという思いがある。勝って終わりたい」と、節目の試合へ特別な思いを口にした。
一つの時代が終わりを告げる神宮で、最後にどのようなドラマが待ち受けているのか。平成最後の“神宮劇場”は起きるのか。平成ラストゲームも記憶に残る熱戦を期待したい。
取材・文=別府勉(べっぷ・つとむ)