白球つれづれ2019~第29回・幸福兄弟~
高校野球にまた怪物候補生が現れた。西東京・早実高の1年生、清宮福太郎だ。兄はご存知、日本ハムの清宮幸太郎。その兄に負けない鮮烈デビューを飾ったのだからマスコミが大きく取り上げたのもうなずける。
福太郎の公式戦初出陣は17日に行われた全国高校野球西東京大会3回戦の対小平西戦。「6番・左翼手」として出場すると決勝点を含む2安打2打点1盗塁の大活躍だった。兄も1年時につけた背番号19、球歴も北砂リトルで世界一、その後、調布シニアを経て早実高に入学と経歴は酷似している。幸太郎が1メートル84センチ、100キロ近い巨体に対して福太郎は1メートル80センチ、92キロと一回り小さくした形だが、高校1年生としては十分すぎる体格だろう。
兄は1年の時から甲子園出場を果たし、いきなり2ホーマーを記録するなど天性の長距離砲。高校通算111本塁打は球児たちが目標とする数字である。これに対して、弟は現時点では一発よりも勝負強い打撃が売り、この試合でも適時打となる4回の安打は右前に、続く打席は左中間に二塁打と広角に打てる柔軟さが将来性を感じさせる。
もっとも、このまま怪物ロードを快走とはいかず、22日の5回戦(東村山西戦)では2打席連続三振に終わると、交代を告げられるなど試練は続く。仮に今夏の甲子園出場を逃したとしても、来春以降4季のチャンスはある。すでに兄の在籍する日本ハムは福太郎マークを明らかにしており、今後も目の離せない存在となりそうだ。
兄も勝負所
さて、弟の出陣にあたって「思い切り暴れて来い!」と檄を飛ばした幸太郎だが、自分自身も、その言葉をそっくりお返ししたいほど追い込まれていた。
6月22日から続いたスランプは7月20日まで実に14試合(代走出場1試合含む)ノーヒット、この間20三振だから、いかにどん底にあえいでいたかがわかる。こんな迷路に迷い込んだ怪物、普通なら即二軍で再調整となりそうなものだが、監督の栗山英樹はあえて、一軍において試練を課している。日頃から「あれだけの素材の持ち主。幸太郎には求めるものが当然高いものになる」と語る指揮官は自らの手で困難な現状を打破せよ、と突き放したのだ。
やっと結果が出たのは20日のロッテ戦のことだった。4回の第2打席で待望の中前打が33打席ぶりの安打となった。福太郎が鮮烈デビューを飾ってから3日後、ようやく兄貴の威厳は保たれた。
人気と話題を独占した昨季は打率.200も7本塁打18打点。これは高校の先輩である王貞治(現ソフトバンク球団会長)や松井秀喜(元巨人)らの高卒野手の1年目と比較して見劣りする数字ではない。だが、今季は21日現在、打率.180で本塁打はわずかに2本。明らかに伸び悩んでいる。この間に同期のヤクルト・村上宗隆はすでに20ホーマーを記録、打点王すら狙えるほどに急成長した。その差はどこで生まれたのか?たどりつくのは「虚弱体質」である。
ルーキーの昨年はキャンプ入り直後に局限性腹膜炎で緊急入院するなど出遅れた。飛躍を誓った今季も春先に右手有鈎骨を骨折。この2年間、満足なキャンプも送れず、バットの振り込みも行えていない。肉体面以外に精神面の甘さを指摘する向きもある。
打撃チーフ兼作戦コーチの金子誠は「本来ならバットにすらボールが当たっていない選手が一軍にいる意味を考えないといけないが、超鈍感だから」と本人の危機感のなさをこう表現した。
飛距離は文句なしの一級品、近い将来球界を代表する打者に育って欲しいというのが、球界関係者の多くの見方だろう。だからこそ、あえて王貞治の金言を清宮幸太郎に贈る。
「ケガに強い選手じゃないと、プロでは大成しないよ」
幸太郎の「幸」と福太郎の「福」で幸福と読む。怪物の香りがする「幸福兄弟」、勝負の夏である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)