白球つれづれ2019~第32回・天才と変態~
天才と変態。広島の新1番打者・西川龍馬につけられたニックネーム?である。広角に打ち分ける打撃術には、僚友の鈴木誠也が「彼のバットコントロールは半端じゃない。天才ですよ」と目を見張る。
12日現在(以下同じ)打率は「.294」でセ・リーグの打撃成績10位ながら8月の月間打率は「.353」とうなぎ上りで3割台到達も時間の問題だろう。その並外れた打撃術を強く印象付けているのが“変態”とも称される「曲打ち」だ。
7月19日の巨人戦。相手エース・菅野智之の伝家の宝刀・スライダーが低めギリギリの膝元に食い込んでくる。地面すれすれのボールに下半身を動かさず、手首も返さないアクロバティックな打撃で右翼線に二塁打。同月24日の中日戦では山本拓実の顔面に近い速球を本塁打にした。
まだある。同30日の巨人戦でも山口俊のワンバウンドしそうなフォークを、こともなげに左前打とする。悪球打ちは自らのバッティングを崩して、相手の術中にはまるのが常だが、この男に限っては例外なのだ。
なるほど、天性の打撃に加えてどんなボールでも打ち返す変態性? かつてイチローもまた、ワンバウンドの投球を安打にしたことがある。不世出の天才打者と今季ようやくレギュラーの座を勝ち取った24歳とを比較するには無理があるかもしれないが、どこか、同じ香りがするのもまた確かだ。
94年組の新たなスター候補生に
遅咲きのスター候補生。大谷翔平や鈴木誠也らと同じ94年生まれながら、ここまでたどり着く道のりはかなり屈折している。敦賀気比高時代は春のセンバツに出場も目立った働きは出来ずに社会人・王子製紙入り。ここでもレギュラーの座をつかむまで3年かかった。
ドラフトも5位で広島入り。打撃力に定評はあったが、守る場所がなく主に代打要員。昨季は主に三塁で起用されることが増えたものの、守備でリーグワーストの17失策を記録して大きな課題を残した。
そんな西川にとって、転機となったのが外野へのコンバート。昨年までの広島の外野陣と言えば、中堅・丸佳浩、右翼・鈴木誠也はまず不動。左翼に松山竜平、X・バティスタ、そこに野間峻祥が控えれば盤石の布陣だった。だが丸の巨人移籍で大きな穴が開く。キャンプ時点では野間や、丸の人的補償で獲得した長野久義らを代替え候補としたが、うまくはまらない。シーズンに入っても1番打者が固まらずに11連敗の泥沼状態、首脳陣が悩み抜いて出した結論は、打撃の良い西川の配置転換だった。
5月から6月にかけては27試合連続安打と、リードオフマンの輝きを放てば、7月には月間4本の先頭打者アーチで球団記録を打ちたてる。チームの浮上は天才のバットからもたらされた。
広島の人材発掘と育成のうまさには定評がある。西川を獲得した時も担当スカウトの松本有史は「他の選手と比較してバットにボールが接する時間が長く、バットコントロールも巧みだった」と語る。その姿に長くカープの主軸を務めた前田智徳をダブらせたとも言う。前田と言えば、イチローがその打撃技術を尊敬した数少ない選手。その意味でも西川はイチローの延長線上にいる男なのかも知れない。
初の「1番」定着に初の規定打席到達も目前、さらに初の2ケタ本塁打もマーク。ようやく、類まれな打撃センスを発揮する場所を得た。チームはリーグ4連覇を賭けた正念場の戦いが続く。天才にして変態的な曲打ちまで実践する西川の異能ぶりがどこまで相手投手に衝撃を与え、震え上がらせるか? 夏の陣、もうひとつの注目ポイントである。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)