短期連載:タイトルを狙う男たち
9月に入り、ペナントレースも残りわずか。チームの成績と同時に、個人成績も最後の勝負時期に差し掛かっている。
時には故障やスランプに悩みながら、1年間のロングレースを制するのは誰なのか…?ここでは個人タイトルを目指す男たちの戦いに視点を当ててみる。
第2回:山田哲人の神走塁
だが、ヤクルト・山田哲人の場合はこれらのスピードスターの範疇におさまらない。盗塁を狙えて、なおかつ本塁打も記録する規格外のパワフルスターだ。あえて似たタイプの選手を探せば、西武時代の秋山幸二か。いずれにせよ、球史に残る選手であることは間違いない。
2015年には本塁打王と盗塁王のWタイトルを獲得、さらに3割、30本塁打、30盗塁の「トリプルスリー」をすでに3度達成。いずれも史上初の快挙を27歳の若さで成し遂げている。
4度目の「トリプルスリー」を目標に掲げた今季は、打率の苦戦が続いている。10日現在(以下同じ)「.274」は残り試合数を考えるとミラクルな安打を量産しない限り3割到達は難しい。しかし、本塁打33本に盗塁も33個。中でも盗塁のタイトルは中日・大島洋平や阪神・近本光司が追いかけているが、よほどのことがない限り抜かれることはないだろう。
黄金の脚に新たな勲章が加わったのは8月23日に行われた阪神戦のことだった。初回に今季28個目の盗塁を決める。これが昨年8月26日のDeNA戦から33回連続盗塁のプロ野球新記録となる。(過去はソフトバンク・福田秀平の32)連続盗塁とは盗塁を企図して一度も刺されたことがないこと。強肩のバロメーターとなる捕手の盗塁阻止率は高い選手で5割前後、悪くても2割程度。さらに近年は投手のクイック技術も進歩している。こうした包囲網をかいくぐって山田の快記録は現在も「38」と継続中だ。
盗塁の極意?!
50メートル走は5秒67の快速。履正社高3年の夏には甲子園大会に出場して天理戦では本盗も決めている。だが、俊足ランナーがすべてプロの高みで通用するわけではない。山田の場合は2014年頃から施された英才教育が大きい。打撃では現巡回打撃コーチの杉村繁、走塁は現楽天二軍監督の三木肇にマンツーマンで指導を受けた。こうした苦闘の日々がパワフルな打撃とスキのない走塁術をもたらせたのだ。
盗塁の極意を取材すると「思い切りの良さ」と「勇気」をあげる先達は多い。走りきるか? 刺されるか? その差はコンマ何秒の世界だ。投手のクセや捕手の肩の強さに、投球が直球か? 変化球か? でも状況は変わってくる。そこで走者に一瞬の迷いがあれば成功の確率は低くなる。山田の場合は「捕手を気にしない」という。投手の牽制やクイックだけに集中して走り切る。このあたりの思い切りの良さは図抜けている。
次は走塁技術だ。盗塁を狙う場合、走者に求められるのはリード、スタートダッシュに中間走での加速、そしてベース付近でいかにスピードを生かしたままスライディング出来るかだ。山田の場合はそのすべてが完成されている。
「塁間の速さは12球団トップ」と外野守備走塁コーチの河田雄佑が認めれば、内野守備走塁コーチの土橋勝征も「トップスピードに入る時間が短い。まるでターボが付いているみたい」と絶賛する。27歳でこの完成度だから、この先どれほど数字を伸ばしていくのか、空恐ろしい。
チームは記録的な敗戦で監督の小川淳司やヘッドコーチ・宮本慎也の今季限りでの退団が発表された。傷心のヤ党に残された楽しみは、村上宗隆の新人王と山田の神走塁である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)