白球つれづれ2020~第2回・MLBのサイン盗み事件
昨年来、メジャーリーグ(以下、MLB)で疑惑を呼んでいたアストロズ球団のサイン盗み事件に厳罰が下った。
13日(日本時間14日)、MLBのR・マンフレッド・コミッショナーは、同球団のJ・ルノーGMとA・J・ヒンチ監督に対して今季1年間の出場停止と、球団には罰金5000万ドル(約5億5000万円)、さらに今後2年間のドラフトで1~2巡目の指名権をはく奪する処分を発表。これを受けて球団ではルノーGMとヒンチ監督の解任を明らかにした。
この事件は昨年11月、スポーツ専門サイトに元アストロズ所属選手が、ワールドシリーズを制した2017年に「チームぐるみで相手のサインを盗んでいる」と告発したのが発端。その後、複数のメディアで報じられるに及んでMLBが徹底調査に乗り出した。60人を超す関係者の聴聞と7万通を超えるEメールの解析で全容をつかみ、今回の発表に至ったと言われている。
データ戦略と躍進の陰に
アストロズ球団と言えばアメリカン・リーグ西地区の強豪で、同地区では17年以来3連覇を果たしている。エースのJ・バーランダーや“小さな巨人”J・アルトゥーベらのスーパースターを擁する人気球団だ。
もっとも、わずか10年ほど前には最下位が定位置の弱小球団だった。それを建て直したのが11年に就任したルノーGM。データ革命の申し子と称され、17年のワールドシリーズ制覇は徹底したデータ戦略で頂点に上り詰めたと賞賛されている。
「我々は数学者、物理学者、統計学者と言ったデータを集めるプロフェッショナルを揃え、その結果、活用することに成功したのです」。これが当時、GMが誇らしげに語った言葉だ。
確かに「スタッツキャスト」を始めとしたハイテク機器を活用したことで、野球は劇的な変貌を遂げることになる。投手の球速から変化球の回転数、打者では打球角度を重視した「フライボール革命」により、本塁打は飛躍的に増えた。
ここまでで世界一なら申し分なかったのに、その先のハイテク機器を使ったサイン盗みにまで手を染めてしまっては、メジャー史に残る汚点を残した以外、何物でもない。
技術をどう活用いていくのか
今回のMLBの処分では現レッドソックス監督のA・コーラが2017年当時、アストロズのベンチコーチとしてサイン盗みのシステムを開発した当事者として認定。同監督にはレッドソックスでもサイン盗みの告発がされており、すべての調査が終わり次第、厳罰が下される。それにしても18年のワールドシリーズ覇者がレ軍なのだから、MLBはメンツも威厳もつぶされた格好だ。
メジャーでは古くからサイン盗みの歴史がある。日本球界で同様の事件が起きたのは1960~70年代。元南海で監督を務めたD・ブレイザーらの外国人選手が広めたというのが定説である。
その後のメジャーでは筋肉増強剤のステロイド事件などはあったものの、サイン盗みの話題は出てこなかったが、今でもマウンドに集まる選手はグラブで口を隠す。捕手の中には乱数表を使っている者もいる。いずれも過去の不祥事の名残りか、それともサイン盗みが日常化している証なのだろうか?
今や、すべてハイテクの時代。すでに米国のマイナーリーグでは機械によるストライク、ボールの判定が研究されて、近い将来MLBでの導入まで検討されている。世界一の監督やGMを生み出したハイテクだが、それを転落させたのは人間による告発だった。ハイテクも人の口まではコントロール出来ない。文明の中の皮肉である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)