あれから9年が経ち…
2011年のオープン戦首位打者は、プロ3年目の浅村栄斗(当時西武)だった。
前年まで一軍でわずか通算2本塁打の20歳は、オープン戦9試合で打率.441と打ちまくり、プロ初の開幕スタメンを勝ち取った。ちなみに浅村が「7番ファースト」、同じ開幕戦において「9番ライト」でデビュー戦を飾ったルーキーが、いまやメジャーリーガーの秋山翔吾である。
この11年開幕戦の西武スタメンを確認すると、「1番セカンド」片岡治大、「3番ショート」中島宏之、「8番キャッチャー」炭谷銀仁朗、先発投手は涌井秀章……と、時の流れを感じさせる。
早大から日本ハムへ入団した斎藤佑樹が注目を集めた2011年(平成23年)のプロ野球は、同年3月11日に発生した東日本大震災の影響で当初予定していた3月25日の開幕日を、18日遅れの4月12日へと延期した。
そして、あれから9年後の今季、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、2020年のプロ野球オープン戦は史上初の無観客で全試合開催。3月20日に予定されていたセ・パ両リーグ公式戦の開幕も延期となっている。さて、9年前はその開幕延期までにどういう経緯があったのか、今一度振り返ってみよう。
セは通常開幕を宣言も…
まず地震から6日後、3月17日の臨時実行委員会で、セ・リーグは予定通り25日の開幕を目指し、パ・リーグは延期して対応することが発表された。
しかし翌18日には、まず文部科学省がNPBに対し、各地で計画停電が行われている東京電力・東北電力管内での事実上のナイター中止を要請。同日に日本プロ野球選手会の新井貴浩会長(当時阪神)も会見を開き、あらためてセ・リーグの開幕延期を要望し、強行開幕に待ったをかける。
もちろん度重なる余震や原発問題も騒がれていた状況では、常識的に考えて野球ファンからも開幕延期の声が多数を占めた。この時、「ナイター開催日の消費電力量は、周辺のテナントなども含めると5万~6万キロワット時になる。一般家庭の使用量に換算すると、約4000世帯分の電力消費」(日刊スポーツ11年3月23日付)という、球場と電力の関係について初めて意識した野球ファンは多かったのではないだろうか。
19日にはセ・リーグ臨時理事会にて、3月25日の開幕を29日へ延期することを決定。しかし、楽天の本拠地・Kスタ宮城の本格的な修復工事が始まった22日、加藤良三コミッショナー、セ・パ両リーグ理事長、新井選手会長らが高木義明文部科学大臣、蓮舫節電啓発担当大臣を訪ねるも、蓮舫大臣からは「セ・リーグが4日間延期することにどういう議論があって、どういう根拠があったのか? 選手の意見をくみ取っていない。新井会長が言うことに全て賛同です」と喝。
国からダメ出しされた形になり、24日のセ・リーグ臨時理事会で、ついにパと同じ4月12日の開幕を決断。4月中の東京・東北電力管内のナイトゲームをすべて自粛(同期間中は照明を使う東京ドームのデーゲームも中止)することが併せて発表された。
3月26日、12球団臨時オーナー会議では、ペナントレース144試合、クライマックシリーズ(CS)、日本シリーズを実施すること、CSを10月29日頃、日本シリーズは11月12日に開催することが決定する。なお、球団と選手が結ぶ統一契約書内において契約期間は11月30日までとなっているので、まさにギリギリのスケジュール変更だった。
そして電力供給不足に対応するため試合時間の短縮を目指し、9回までは行うが、それ以降は試合開始から3時間30分を超えた場合、新しい回には入らない新ルールを適用(翌12年まで継続)した。
さらにこの年、プロ野球界は低反発の“飛ばないボール”こと、統一球の導入で、オープン戦1試合あたりの平均本塁打は前年の1.7本から0.9本へと大幅ダウンしていた。結果的に11年ペナントレースは規定投球回で防御率1点台の投手が6名(10年は1名)、3割打者は前年の27名から9名に激減するなど、記録的な“投高打低”のシーズンとなる。
「見せましょう、野球の底力を」
4月に入ってもまだ世の中が騒がしい中、4月2日に行われた12球団チャリティーマッチにおいて、楽天の嶋基宏選手が「見せましょう、野球の底力を」とスピーチ。12日の開幕後もヘルメットには「がんばろう日本」のステッカーを張り各チームプレーした。
なお東京ドームでシーズン初試合が開催されたのは5月3日の巨人対阪神戦だったが、節電仕様で消灯されたコンコースが異様に暗かったのを今でもよく覚えている。
紆余曲折の果てに辿り着いた2011年のセ・パ同時開幕延期。いつの時代も不測の事態の中で延期や自粛の決断というのは、たいてい明確な正解がないだけに難しい。自粛ムードと、その間の球団経営や関連会社の経済面という現実的な問題は容赦なく押し寄せる。
『週刊ベースボール』11年4月11日号に当時の巨人代表兼NPB選手関係委員長を務めていた清武英利氏が特別寄稿を寄せているが、文中に「復興には経済活動が必要不可欠」という記述を確認できる。
「東京ドームの巨人戦1試合には、ドームや球団、警備、場内案内スタッフ、飲食物販関係、運営スタッフ、報道関係など約2000人が携わっている。その経済効果は、チケット収入、放映権、飲食物販売り上げ、場内広告、ドーム周辺の飲食店、宿泊施設、交通機関の利用などで数億円に上ると見られる。その経済効果をセ・リーグ単位、あるいは12球団の単位で考えてほしい」
その巨人が9年前は予定通りの開幕を主張して世の中の反感を買ったのを教訓に、今回は先陣を切って無観客試合でのオープン戦開催を表明したのは興味深かった。
プロスポーツは通常の日常というベースがあってこそ成立する。学校や仕事終わりに友人と駆けつける球場、家族で夜ご飯を食べながら観るナイター中継、仕事帰りに電車の中で確認するスマホの試合速報。ある意味、プロ野球というのは平穏な日常の象徴だ。だから、今はそのいつもの日常が戻ることを願い、2020年ペナントレースの開幕を待ちたい。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)