白球つれづれ2020~第17回・再建のキーマン
やはりと言うべきか? ようやくというべきか?
ヤクルトの大物ルーキー、奥川恭伸投手が大器の片鱗をのぞかせて来た。26日に埼玉・戸田の二軍施設でブルペンに入ると、75球の熱のこもった投球を披露。ストレートにスライダー、フォークを交えながら、より実戦を想定したクイック投法に挑戦するなど、本格化を印象付けた。
新型コロナウイルスの影響により厳戒下の調整が続く中で、高津臣吾監督以下、池山隆寛二軍監督、小川淳司GM、伊東昭光編成部長ら首脳陣総出の視察に奥川への期待の大きさが垣間見える。
「あらためて昨年のドラフトで指名してよかった。彼を見るたびにそういう思いが強くなる」と、高津監督は言う。巨人、阪神との競合となった昨年のドラフト。真っ先にクジを引いた指揮官の強運がヤクルト再建の第一歩となるか。
「マー君にそっくり」
東の佐々木朗希(ロッテ)と西の奥川。超高校級右腕のプロのスタートは明暗が分かれた。キャンプ時点で最速163キロに迫る快速球で度肝を抜いた佐々木に対して、奥川は予期せぬ故障で出遅れる。1月の自主トレ期間中に右ひじに軽い炎症が発覚、ライバルが脚光を浴びる中で2月中旬までノースローの日々が続いた。
投げたい気持ちを抑えて下半身強化と投球フォーム固めに専念しながら本格投球を開始したのは4月に入ってから。今月は5度のブルペン入りでいずれも70球以上を投じている。14日以降は中5日の登板間隔を守るなど、すでにローテーション入りを思わせる調整だ。
佐々木が郷土の先輩・大谷翔平(エンゼルス)を思わせる快速球を武器に豊かな将来性を感じさせるのに対して、奥川は「マー君二世」の呼び声が高い。最速154キロの速球だけでなく、多彩な変化球にコントロールも抜群。総合力で楽天からヤンキースに移籍した田中将大を彷彿とさせるものがある。
今春、亡くなった元楽天監督の野村克也氏が昨年のドラフト直前に語った言葉が忘れられない。
「マー君にそっくり。特に腕の振りが似ている。これから、下半身を鍛えて使えるようになるともっと良くなる」。日頃はボヤキで辛口評論の多かったノムさんが珍しく褒めたのが奥川、素材の良さは誰もが認めるところだ。
その野村氏は、高卒1年目の田中を手元に置いて英才教育を施している。奥川の資質を絶賛する高津監督もヤクルト時代のノムさんの教え子。開幕も見通せない最近の日々、恩師の著作に目を通しデータの見直しにも着手しているという。
先の読めない難しさ
最下位に沈んだ昨年のチーム防御率4.78は両リーグワーストに加え、2ケタ勝利をあげた投手もいない。投手陣の立て直しには、若手のエース台頭が急務だ。そんな中で素材ならナンバーワンの奥川をどこで、どんな形で起用するのか? 指揮官の頭の中では様々なシミュレーションが繰り返されているに違いない。
奥川の育成基本方針は、獲得時から無理はさせずに大きく育てて夏場頃から一軍登用も、というものだった。しかし、新型コロナウイルスの影響を受ける今季は、各個人の調整そのものが難しい。プロ未経験のルーキーならなおさらだ。
キャンプに出遅れた奥川にとって、開幕が大幅にずれ込むことはその間に後れを取り戻す意味ではマイナスではない。だが一方で、本格的な実戦を経験しないままの一軍登用もあり得ない。
通常、新人投手の場合、開幕に向けてまずはシート打撃、フリー打撃に登板して対打者の感覚を養う。次が紅白戦、練習試合やオープン戦で真価を問う。さらにチーム方針で二軍戦に3~4試合程度登板して、結果が良ければ一軍にゴーサインとなる。この過程をまだ一度も実戦形式で投げていない奥川に当てはめると、最低でもここから3カ月程度の時間が必要となる。
球界全体でも、本格的なチーム練習再開は非常事態宣言の解除が前提だが、5月6日で解除されることはなく、さらに延長が確実視されている。実戦が遅くなればなるほど奥川のデビューも遅れるわけだからツバメ党にとっては悩ましい。
元祖マー君のプロ1年目は、いきなり11勝をマーク。特異なシーズンでもあり、奥川にそれを望むのは酷だが、ヤクルトの高卒1年目の白星となれば08年の由規(仙台育英)以来となる。いよいよ大器のベールを脱ぎ始めたマー君二世のデビューが待ち遠しい。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)