コラム 2020.05.21. 18:36

夏の高校野球大会中止から見えてきたもの【非常事態下のベースボール】

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またこの光景が見られる日まで…

コロナ禍の人間模様


 球史にまた重く苦しい1ページが記された。

 2020年5月20日。本年8月に甲子園で開催予定だった第102回全国高校野球選手権大会の中止が決まった。夏の甲子園に限れば戦局の悪化を受けて中止となった1941年以来79年ぶり、戦後では初のことである。3月のセンバツ大会に次ぐ中止で高校三年の球児にとっては、これで完全に甲子園の道が閉ざされたことになる。

 一方で、同じ日にホッとする報せも届いた。元近鉄、日本ハム、楽天で監督を務めた梨田昌孝氏が50日に及ぶ闘病生活から退院。新型コロナウイルスの感染により重度の肺炎と診断されて3月31日に緊急入院、一時は集中治療室で治療を続けるなど病状が心配されたが、その後、回復に向かい退院が報告された。

 「医療従事者を始め皆様のおかげで、一命をとりとめることが出来ました。今回のことを通じて球界への恩返しは私の使命であると感じております」という言葉に、恐ろしい体験と、それを乗り越えた先への意欲が感じとれる。

 球児たちの夢を奪ったのもコロナなら、そのコロナ禍で一時は死線をさまよいながら帰還した梨田氏のような例もある。様々な人間模様を映し出す日々が続く。


閉ざされた甲子園への道


「もし、自分がその立場に身を置いたことを考えると、選手の皆さんに掛ける言葉は正直、見当たりません。本当の苦しさは当事者にしかわからないですから」

 夏の高校野球中止を受けて西武の松坂大輔投手が発したコメントだ。「前を向いて」とか「次のチャンスを」と言った励ましも、すぐには受け入れることが出来ない球児の心を見事に代弁した発言だと思う。そうしたうえで、松坂は「従来の形の地方大会でなくとも、仲間と積み上げた日々を証明する舞台を用意してもらいたい」と要望する。

 具体的には、投手ならブルペン投球、野手なら打撃練習や紅白戦の様子を動画に載せる。つまり「インターネット上のグラウンド」で紹介するといった試みだ。甲子園の頂点にまで上り詰めたエースだから、その素晴らしさは熟知している。40代目前となった今でも「松坂世代」として、かつての球友との親交は続いている。そんなレジェンドの思いは多くの高校野球ファンの願いにも通じるはずだ。

 今回の悲報を通じて我々は高校野球指導者のもう一つの顔に接することが出来た。甲子園のグラウンドでは鬼の形相と化す指揮官でも、日頃の生活では多くが教員と生徒の関係にある。コロナ禍の影響で未だに全体練習すらままならないチームも多い。ある者はオンライン指導に、ある者は個人面接で強化ポイントを話し合う。

 熱血指導だけではない情の通った人間関係の構築もチーム作りには不可欠である。そうした日々の積み重ねの上に甲子園がある。


動き出す人たち


 「今は生徒に掛ける言葉もない。これから彼らを何らかの形で送り出させてやれないか、考えていきたい」とする指導者が多い中で、すでに次なる手を打ち始めている指導者もいる。東北の強豪・仙台育英高の須江航監督もその一人だろう。

 大学進学希望者の30名以上にはビデオ画像を用意して各大学へのアピール資料に生かす。可能なら宮城県大会の道を模索する。さらにセンバツ大会に出場予定だった鶴岡東(山形)、磐城(福島)と“幻の代表校”同士で「東北限定センバツ」も企画中だ。

 大きな目標を失った球児たちに対して、今、せめて地方大会だけでも開催できないかと関係者たちの努力が続いている。日本高野連では地方大会の中止も併せて発表したが、各地区高野連独自の大会については判断を委ねるとしている。

 現状は、開催にゴーサインを出している地区もあれば、練習不足や開催費用の問題で結論を持ち越している地区もある。もちろん、コロナウイルスの危険除去が前提になるのは言うまでもない。

 そんな中で夏の大会主催者でもある日本高野連、朝日新聞社とともに財政援助に名乗りを上げたのが日本プロ野球選手会(炭谷銀仁朗会長)だ。

 「地方大会が出来る球児と出来ない球児が出てしまうのは避けてほしい。そのために少しでも手助けが出来れば」と寄付を募っていく。高校時代に今の礎を築いた多くのプロが立ち上がったことは意義深い。

 悲運を嘆くだけでなく、こんな困難な状況にあって今、何をやれるのか? 夢の甲子園大会中止は改めてそんな問題提起を我々に突き付けている。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
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