白球つれづれ2020~第21回・山下航汰と宜保翔
「運も実力の内」。勝負の世界では、古くから語られる金言だ。ちょっとしたチャンスをつかんでレギュラーの座を勝ち取った選手や、主力が故障欠場の間に代役出場して首脳陣の信頼を勝ち得た者など数々見てきた。
コロナ禍に揺れる球界では、プロ野球がようやく緊急事態宣言の解除を受けて6月19日に開幕することが決まった。とは言え、無観客での開催や徹底した三密対策を施したうえで、移動や試合方式にも例年とは違う工夫が必要となる。今後、第二波、第三波の感染状況によってはペナントレースそのものがどうなるかもわからない。異例づくしの開幕となる。
当初の3月20日から90日あまり遅れての開幕。この間、各球団では完全休養や分離、時間差練習など調整にも苦心してきた。春先から調子の良かった選手は、その感触をどう維持するか、逆に出遅れた選手にとってはそれを取り戻す貴重な時間になったはず。水面下では悲喜こもごものドラマがあった。
今月下旬にふたつの気の毒な球団発表があった。ひとりは巨人の2年目、山下航汰選手。もう一人はオリックスのこちらも2年目の有望株である宜保翔選手。共に19歳、共に右手有鈎骨の骨折で戦列を離脱することになった。
有鈎骨とは手のひらの中央からやや下、小指寄りに位置する骨で疲労がたまって強いショックを受けたりすると骨折が起こりやすい。過去には原辰徳現巨人監督や日本ハムの清宮幸太郎選手も同様の経験をしている。
19歳の期待の星に…
山下は育成出身ながらルーキーの昨年にはイースタンリーグで首位打者(打率.332)を獲得した期待の星。健大高崎高時代には1年夏から4番を任されるほどの逸材で昨年も12試合ながら一軍出場を果たしている。
昨年12月に太腿裏に肉離れを起こして今春は出遅れたが3月に本格復帰。その鋭い打球に原監督は「いいコンディションで野球をすれば、ジャイアンツのレギュラーに入るだけの、戦うだけの力を持っている」と激賞したほどだ。
本来は外野手だが指揮官は中島宏之選手と一塁を競わせる構想を持っていた。もし、19歳で開幕一塁のスタメン出場となれば王貞治氏以来、巨人では61年ぶりの快挙となるはずだった。若手であろうと実力至上主義を貫く原監督なら十分、起用の可能性があっただけに故障が悔やまれる。
山下以上に開幕スタメンの座を掴みかけていたのが宜保である。こちらはオープン戦12試合に出場して打率.344の好成績をマーク。俊足に加えて二塁手としての俊敏な守備も評価されていた。
昨年最下位に沈んだチームは若返りを進める一方でメジャーの大物、A・ジョーンズ選手を獲得するなど巻き返しを狙う。そんな西村徳文監督の「秘密兵器」として期待されただけに大きな誤算と言えるだろう。
近年、入団して来る選手たちは真面目で研究熱心だと言われる。まして、一軍どころかレギュラーの座まで見え出した成長株。首脳陣の期待も大きいので、ついついオーバーワークになって故障発生につながったのかも知れない。ここはケガを完全に治して再逆襲につなげてもらいたい。
主戦投手たちの復活も
逆に開幕延期がプラスに働きそうなチームもある。代表格はソフトバンクだろう。キャンプからオープン戦にかけて今年も故障者が続出。エースの千賀滉大は右ふくらはぎの張り、高橋礼は左大腿二頭筋の炎症、快速右腕の甲斐野央は右肘の内側側副靱帯損傷で、それぞれ昨年大活躍の主戦投手たちが満足な投球も出来なかった。
それが3カ月近い調整期間によって実戦に青信号が灯る。そこに評論家が揃って「2ケタ勝利は堅い」とする新外国人のM・ムーア投手も加わるのだから工藤公康監督もホッと胸をなで下ろしているだろう。
新戦力の台頭、ラッキーボーイの出現や故障者による誤算など長丁場のペナントレースを戦い抜くには予期せぬ事態が起こる。さらに今年の場合は長いブランクがどのように各チームに影響を及ぼすのか、熱狂の甲子園からファンが消えた時に通常通りのプレーが出来るのか、見当がつかない。
とにもかくにも開幕が見えてきた。ここからはさらに練習の精度が上がる。無観客だろうと、これぞプロという熱いプレーが見たい。カウントダウンが待ち遠しい。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)