戸惑った“投手の投げ方”
無観客のスタンドに響いた打球音は「ボコッ!」──。会心というより、詰まっていた。それでも、低い弾道の白球は、そのまま左翼フェンスを越えた。
開幕を控えた6月6日の練習試合・西武戦(メットライフ)。新外国人のモイセ・シエラ外野手が“来日1号”となるソロを放った。
3回、左腕・武隈祥太の内角速球をたたいた。
「反応で打てました。助っ人なので活躍しないといけない。1本出て安心しました。(出迎えるチームメートを見て)とってもうれしかった」
ドミニカ共和国出身の31歳。メジャーでの実績は9本塁打。米国からメキシコリーグを経由して育成で来日。戸惑ったのは食生活でも気候でもなく、投手の投げ方だったという。
翻弄されたのは、タイミングをずらすための投手のテクニック。脚の上げ方に始まり、走者もいないのに突然クイックで投げられたことも。
「フォームがいろいろあるから球速90マイル(約144キロ)でも打ち取られた。対応するのに時間がかかったんだ」
オープン戦は8打数2安打で、ヒットはともに単打。苦しい時期を振り返った。
背番号も“母国のレジェンド”を意識
ジャパニーズ・ドリームをつかみたい…。母国の伝説右腕の教えを心に刻んでいる。
歩いて5分のところに豪邸を構えていたのは、メジャー殿堂入りを果たしたペドロ・マルティネス。通算219勝でサイ・ヤング賞3度のスーパースターだ。
幼少期には友人と自宅へ遊びに行ったといい、「とても優しい人。貪欲で、周りのみんなを助ける。野球で自分の人生を切り開いていく。そういうところを学んだ」と語る。
たとえ近所のちびっ子でも、グラブを持ちバットを握る。そんな子どもは誰でも家に招き入れられていた。
背番号もマルティネスを意識した。
育成契約で入団し、3月下旬に支配下契約を結んだ。新背番号には、提示された候補の中にあった「45」を迷わず選んだ。
「ペドロ・マルティネスと同じだ、って思ったんだ。とっても興奮しているよ」
ちなみに、背番号「45」はレッドソックスの永久欠番になっている。
生き残りをかけて打ちまくれ!
立ち位置は「第5の外国人」となる。
開幕を前に、外国人の4枠は野手がダヤン・ビシエドとソイロ・アルモンテ、投手はライデル・マルティネスとルイス・ゴンサレスが有力。そもそも、当初の獲得理由といえば、右脚の故障で出遅れが予想されたアルモンテの“保険”だった。
それがコロナ禍に開幕延期で状況は一変。アルモンテにとって沖縄キャンプはリハビリ期間。開幕がずれ込んだため、結果的に球春に間に合う形となった。
与田監督は「競争してレベルアップしてもらいたい」と語る。
シエラに求められるのは、まず打撃でのアピール。一軍にいるには、野手が2枠ならばアルモンテとのマッチレースを制する必要がある。もしくは、投手を1枠に減らすほど打ち続けるか…。そうすれば、まずは一軍にいられる。
そのうえで、レギュラーになるために待っているのは福田永将との左翼争い。道は険しいが、“ペドロ魂”がある。貪欲に、勝利のピースに徹する。
2013年のWBCでは、準決勝のオランダ戦で同点の適時二塁打を放つなど、母国の初優勝に貢献。そのときのチームメートには、昨季までヤンキースでプレーしてホワイトソックスに移籍した通算414本塁打のエドウィン・エンカーナシオンや、ヤンキースやマリナーズで活躍した通算2570安打のロビンソン・カノらがいる。
幼い頃からスーパースターの振る舞いに触れ、名プレーヤーと同じグラウンドに立ってきた。待ちに待った2020年シーズン。ひょっとしたら近い将来、シエラがお立ち台に上がっているかもしれない。
文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)