3タテ阻止の立役者
試合が終わると、記者の携帯が鳴った。無料通話アプリ「LINE」のメッセージ通知だった。
「心配していたのでホッとしています。あとは難しい継続です」
送り主は、中日・武山真吾二軍バッテリーコーチ。心配の対象は、7月5日の巨人戦(東京ドーム)で初めてスタメン出場した、外国人捕手のアリエル・マルティネスだ。
「頼むぞ…」と、祈りながらテレビ越しに見届けた。昨季限りで引退した新任コーチにとって、初めて一軍へ送り出した選手だった。
結果は3安打を放つなど、連敗脱出に大きく貢献。勝った瞬間、選手時代とは違う安堵感があったという。
「ワチョ」と「中日」のつながり
アリエル・マルティネスはキューバ出身で、田舎者を表す「ワチョ」のニックネームはチームに定着している。
2018年に育成選手として入団し、来日3年目。今年の7月1日に支配下登録されると、早くも3日の巨人戦に代打で出場。一軍デビューを飾った。
つづく4日の試合では、途中出場から捕手の守備へ。球界では2000年の中日・ディンゴ以来、20年ぶりとなる外国人の捕手出場だった。
そして迎えた日曜日のゲーム。1991年のマイク・ディアズ(ロッテ)以来、実に29年ぶりとなる外国人捕手のスタメン出場を果たす。
中日とは縁があった。
オフのキューバリーグでは、「ココドゥリロス・デ・マタンサス」に所属。チームの監督を務めるのはビクトル・メサ。現役時代は外野手として活躍し、野球が五輪の正式種目となった1992年に、バルセロナ大会で金メダルを獲得している。
その時のチームメートに、オマール・リナレスがいた。2002年から3年間、中日でプレーしたことでもお馴染み。リナレスは、2016年に指導者として中日に復帰。現在の肩書きは「巡回コーチ兼通訳兼キューバ担当」。一軍に同行して選手を指導しながら、オフにはキューバ政府と中日球団の橋渡し役を担っている。
アリエル・マルティネスは、母国の監督の元同僚であり、「キューバの至宝」から認められる形で中日にやってきたのだった。
“正捕手不在”に終止符を…
外国人捕手のハードルは高そうだ。
1991年のディアズを振り返ってみると、スタメンマスクは6試合だけ。前年も12試合だった。言葉の壁を越えて、投手と信頼関係をつくらなければならない。
かつてディアズとバッテリーを組んだことがある平沼定晴さんに聞いてみると、「リードとかより、構え方とかでちょっと慣れないところがあった。日本人と違うリードをするから、打者は少し戸惑うかもね」と、答えてくれた。
ディアズはスタメンに定着したわけではない。たまに出る、程度だった。では、アリエル・マルティネスはどうなるのだろうか。
本人はもちろん、毎試合出場を懇願する。「キャッチャーという難しいポジションで自分のことを信じてチャンスをくれていることが嬉しいし、感謝をしている」と語っている。
与田剛監督も「戦力になってくれる」とした。レギュラーかどうかは明言しないが、今後もチャンスは与える、というスタンス。アリエル・マルティネス次第で未来は変えられる、というわけだ。
バッテリーを組んで2勝目を挙げた梅津晃大は、コミュニケーションを取れたと振り返った。
武山コーチはジェスチャーを大きく、伝えたいことはシンプルに、と口酸っぱく教えている。日本語も、日常会話は理解できるし、少しなら話せる。箸を器用に使えるようになったのも、彼の真面目さを物語っている。
チームは元監督の谷繁元信さん以来、誰も正捕手をの座を射止めていない。松井雅人は腰痛を抱え、昨季トレードでオリックスへ移籍した。加藤匠馬も打撃で苦しみ、ドラフト4位ルーキー・郡司裕也は二軍生活を送っている。
正捕手不在のチームに現れた、アリエル・マルティネスという新星。冷やかしでも何でもない。ガチンコで、レギュラーを奪いにいく。
文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)