白球つれづれ2020~第27回・突如現れた「外国人捕手」
「救世主」の活字がスポーツ紙の見出しに躍る。突如、現れた中日の外国人選手、アリエル・マルティネス選手のことだ。「救世主」になるかどうかは、もう少し働きを見る必要はあるが、少なくとも「シンデレラボーイ」の表現なら許されるだろう。
対巨人戦2連敗で迎えた5日の3戦目。与田剛監督が思い切った用兵を見せた。今月1日に育成から支配下選手として契約したばかりのマルティネスを「8番・捕手」として先発起用。外国人捕手の先発起用は1991年、ロッテのディアズ以来29年ぶり。中日では1リーグ時代の1936年に前身球団・名古屋のハリス以来、実に84年ぶりのことだと言う。
捕手こそチームの生命線と自負する野村克也氏が存命だったら「何を考えているのか?」と、ぼやき節が飛び出してもおかしくない。それほどの歴史的な出来事だった。
ところが、来日3年目、24歳の若者は周囲の期待と予想を上回る働きを演じる。打っては先制点につなげる左前打を皮切りに3安打の猛打賞。守っても梅津晃大投手を巧みにリード、フォークボールがワンバウンドになっても体を挺して堅実なキャッチングと、満点の先発デビューでチームの白星に大きく貢献した。
前日の同カードでも途中出場すると巨人の俊足、吉川尚輝の二盗を強肩で刺している。強肩強打の大型捕手は思わぬ形で誕生した。
マルティネス獲得の経緯
キューバ出身。地元の体育大からキューバリーグのマタンサス球団を経て18年3月に育成選手として中日入り。その獲得にあたったのが前中日監督でもある森繁和氏だ。落合監督時代には投手コーチやヘッドコーチを歴任。その間もシーズンオフには中南米を視察して外国人選手の獲得ルートづくりを進めて来た。
その森氏が球団の国際渉外担当時代に目にとめたのがA・マルティネスだ。
「キューバではオリンピック代表候補に名を連ねる頭のいいエリートだった。でも野球は大学に入ってから本格的に始めたくらいで、本国では日本の野球を学んでモノにならなければ東京オリンピックの通訳でも、と考えていたはず」と獲得のいきさつを明かす。さらに言えば投手のライデル・マルチネス投手を獲得する際にキューバの方から売り込まれたのが捕手のマルティネスだったと言う。
瓢箪から駒? で歴史に名を残す助っ人捕手が生まれた瞬間だった。
強固なキューバとのホットライン
近年、各球団の外国人獲得ルートは多岐にわたっている。かつてはエージェントが持ち込むビデオ映像をもとに判断していた時代もあったが、これは多くが素晴らしい活躍シーンだけを集めたもので、獲得してみたら大外れなどもしばしば。しかし、今では米国の3Aクラスならライブ映像でチェック、もちろん主要国際大会にはスタッフを派遣する。
中南米ルートが注目されだしたのは広島がドミニカにベースボールアカデミーを開設した1990年頃からだ。身体能力の優れたメジャー予備軍が安価で獲得できれば効率もいい。そんな中で早くからキューバとパイプを築いたのがソフトバンクと中日である。
野球大国・キューバの国民的英雄、O・リナレス氏をご存知だろうか? かつてパチェコ、キンデラン選手らと共に世界一に輝いた時代の主砲は現在、中日の巡回コーチ兼キューバ担当としてチームにも同行している。日本で言えば王貞治氏(現ソフトバンク球団会長)のような存在が本国と中日のパイプ役を果たしているのだから、このキューバホットラインは強い。
手にしたチャンスを生かせるか…
捕手はグラウンド上の監督とも言われる。投手とのコミュニケーションだけでなく、ベンチとの意思疎通や投内連係の司令塔の役割など責任は重い。過去2年の日本生活で片言の日本語は喋るが、レギュラー捕手を務めるにはまだまだ課題は多い。配球パターンも研究されてくると新たな取り組みも必要になる。
それでも生みの親・森氏は言う。
「真面目でとにかく一生懸命。今年は外国人枠の拡大もあるし、(主力の)アルモンテの故障離脱というチーム事情もある。チャンスなのは間違いない」。
木下拓哉、加藤匠馬選手らと争う捕手戦争。打てるキャッチャーの欲しいチーム事情を考えると、マルティネスの出番はまだまだありそうだ。多国籍軍のメジャーリーグを見れば、外国人捕手なんて当たり前。話題先行でなく、突如現れた“シンデレラボーイ”が、日本野球の常識を覆す存在となるか、見守りたい。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)