「盗塁記録」にまつわる珍エピソード
新型コロナウイルスの影響により、当初の予定より3カ月も遅れてスタートしたプロ野球の2020年シーズン。
残念ながら完全な形ではなく、当面は「無観客」での開催となっているものの、7月10日には観客を動員した試合開催も解禁予定となっており、少しずつではあるが明るい兆しが見えつつある。
ついにはじまったチームの戦いと並行して、ファンの注目を集めるのが“各選手の記録”。例えば、直近では阪神の糸井嘉男が今季2つの盗塁を決め、NPB史上30人目となる「通算300盗塁」に王手。あと1つとした状態で、7日からは本拠地での戦いが開幕。ホームでの達成に大きな期待がかかっている。
というわけで、今回は「盗塁」の記録に注目。これまでにも数多くの“足のスペシャリスト”たちが偉大な記録を生み出してきたが、時にはそんな快挙達成時に「まさか!」のハプニングが見られるのも、野球のおもしろさ。
そこで今回は、『プロ野球B級ニュース事件簿』シリーズの著者であり、ライターの久保田龍雄氏に、“盗塁の記録達成”にまつわる珍エピソードを振り返ってもらった。
負け試合では達成したくなかった…
プロ野球で「盗塁」と言えば、やはり“世界の盗塁王”こと福本豊(阪急)は避けて通れない。
1983年、ルー・ブロック(カージナルス)が持つメジャーの盗塁記録「938」を更新しているが(※)、実はこの記録、「本当はやるつもりじゃなかった」のに、ハプニング的に生まれたものだった。(※現在はリッキー・ヘンダーソンの「1406」が世界記録)
1983年6月3日の西武戦。初回に四球で出塁した福本は、すかさず二盗に成功。これで通算938盗塁となり、ブロックの記録に並んだ。
迎えた9回、同じように四球で出塁すると、ベンチからは「走れ!」というサイン。しかし、その時チームは6-11と敗色濃厚。「新記録は勝ち試合で」と考えていた福本は、並んだまま留めておくことにした。
次打者・弓岡敬二郎の三ゴロの間に二塁へ進んだ後も、西武のショート・石毛宏典に「今日は走らんからな」と宣言したほど。「100パーセント自信のある」と語っていた三盗で世界新を達成しても面白くない、という気持ちもあったのだという。
ところが、マウンドの森繁和が、5点リードにもかかわらず執拗に牽制してきた。2度目の牽制に関しては、アウトと判定されてもおかしくないほど微妙なタイミング。
「よし、やってやろう!」
思わず闘志をかき立てられた福本は、4球目に三盗に成功。敵地にもかかわらず、記録達成を祝う花火が打ち上げられたが、予定外の快挙に、「こんな試合で達成したくなかった」と、後悔したのは言うまでもない。
なお、このシーズン後、中曽根康弘首相は“世界の盗塁王”に国民栄誉賞の授与を検討。しかし、福本はなんとこれを辞退している。
その理由たるや、「そんなもんもろたら、立ちションもできへんようになる」。これまた福本らしいエピソードだ。
高木豊は“猛抗議”の末に…
「通算300盗塁達成!」と思いきや、誤審であわやアウトになりかけたのが、大洋時代に屋鋪要・加藤博一とともに“スーパーカートリオ”として走りまくった高木豊だ。
1992年8月19日の巨人戦。記録に王手をかけていた高木は、3回二死からライトへの安打で出塁。次打者・堀江賢治の初球に二盗を試みる。
捕手・吉原孝介の送球はワンバウンドになったが、ショート・上田和明が素早く捕球し、スライディングしてきた高木にタッチ。井上忠行二塁塁審は「アウト!」をコールした。
だが、ボールは上田のグラブからポロリ…。それを見ていた高木は、「エー、嘘~っ!」とばかりに目を真ん丸に見開いて、二塁ベース上で猛抗議。その前では、「300盗塁達成」の“フライング放送”で飛び出してきたグラウンドガールが、贈呈用の花束を持ったまま、なすすべもなく立ち尽くしている。判定を受け、スリーアウトでチェンジと思った巨人ナインはすでにベンチに引き揚げており、ダイヤモンドの中には高木とグラウンドガールの2人だけが取り残された形に…。
その後、江尻亮監督と米田慶三郎三塁コーチも「落とした」と重ねて抗議した結果、ようやく責任審判の山本文男三塁塁審が「ジャッグルがあった」と認め、場内放送でセーフに訂正。落球した位置が塁審から死角になっていて、よく見えなかったようだ。
すったもんだの末、晴れて300盗塁の偉業を達成した高木は、遅ればせながら花束を受け取る。試合後には、「グラブを狙ってスライディングしたら、ポロッと落してくれた。でも、すんなりいかなかったな」と苦笑いしていた。
荒木雅博はチアに花束を渡されて…
通算350盗塁達成の花束贈呈の直後、まさかのハプニングでパニックに陥ったのが、井端弘和とともに“アライバコンビ”として活躍した中日・荒木雅博だ。
2014年9月16日のDeNA戦。4回二死からサードへのゴロが相手のエラーを誘い、出塁することに成功した荒木は、次打者・大島洋平の1ボールからの2球目にスタート。見事に二盗を成功させた。
シーズン16個目の盗塁は、入団2年目の1997年6月29日の巨人戦でプロ初盗塁を決めて以来、18年かけてコツコツと積み重ねてきた通算350個目の金字塔だった。
直後、敵地にもかかわらず、スコアボードの電光掲示板には「祝 史上17人目 350盗塁達成 2 荒木雅博選手」の文字が浮かび上がり、スタンドからは惜しみない拍手が。
荒木はヘルメットを脱いでスタンドに一礼すると、再びヘルメットをかぶり、いざプレー再開と思いきや、遅ればせながら、大きな花束を両手に抱きかかえたチアガールが二塁ベース上まで走ってきた。荒木はもう一度ヘルメットを脱ぐと、一礼して花束を受け取った。
ところが、荒木が花束をセンター方向に掲げて、ファンに挨拶したあと、花束を戻そうとして向き直ると、なんと、チアガールはすでに駆け足で引き揚げている最中。
「オイオイ、花束持ってってよ!これじゃ、プレーできないよ!」と慌てて追いかけようとしたが、時すでに遅し…。咄嗟の機転でベンチを飛び出してきた三ツ又大樹が代わりに花束を受け取り、ようやく事なきを得た。
二塁ベース上での花束贈呈は、こんな珍事も起き得るから、ご注意を!
文=久保田龍雄(くぼた・たつお)