第2回:日本ハム・杉谷拳士
どのチームにもムードメーカーはいる。連敗が続いたり、上昇機運に乗れそうで乗れない時にこそベンチのムードまで変える男は必要だ。日本ハムの杉谷拳士選手は10年近く、そんな役割を果たしている。指揮官の栗山英樹にとってもかけがえのない戦力である。
今、ネットの世界では杉谷の人気が注目されているという。
8月7日、札幌ドームで行われた西武戦。相手エース、Z・ニールの投じた内角球が杉谷の体近くを襲うと「当たった!当たった!」と猛アピール。球審もこれを認めて死球が宣告された。このプレーから試合の流れは変わり日本ハムは逆転勝利した。
動画配信サービスの「パ・リーグTV」では、杉谷の必死の姿に話題沸騰、中には「達川光男の後継者」という書き込みもあった。かつて広島の名捕手・達川は、当たってもいないのに死球をアピールして一塁に歩きだしたり、自分の手でつねって「腫れ」を装った逸話も持つ演技派だった。杉谷のプレーが同様な偽装だったと言うわけではないが、気迫でもぎ取った出塁に多くの共感が寄せられた。
先月29日のオリックス戦では休養した西川遥輝選手に代わって今季初の「1番・中堅」でスタメン出場すると、1安打3得点の活躍を見せている。ここでも8回に死球で出塁するとスタンドからは笑い声が上がったが、結果この出塁が続く近藤健介選手のダメ押し打を生んでいる。
「自分で言うのも何ですが、本当にあそこはよくつないだ。本人はいたって真面目にプレーさせていただいています」とは試合後の談話。周囲に笑われようが勝利のために必死にアピールしていく姿は若手へのお手本でもある。
脇役の枠を飛び越えた人気者
「帝京魂」はあまりに有名だ。同校出身のタレント・石橋貴明率いる「チーム帝京」の一員としてテレビ出演すると、愛されキャラと共に知名度は全国区に。その母校が今月9日、甲子園出場こそないが東東京大会で9年ぶりに頂点を掴むと我がことのように喜びを爆発させた。
高校時代の1年先輩にソフトバンクの中村晃、2年後輩にはDeNAの山崎康晃選手らがいる。黄金期の主力ながらプロ入りはテストを受けて2008年ドラフト6位指名を勝ち取った。
昨年まで11年間で試合出場は「584」。通算打率も「.222」と特筆すべきものはない。内外野どこでも守れるユーティリティープレーヤーとして脇役に徹してきた。だが、常に全力、常に大声を張り上げてチームを鼓舞する姿は貴重だ。どちらかと言えばおとなしい選手の多いチームにあって、杉谷の元気が活力を与えている。
昨年5月の楽天戦で一世一代?の離れ業をやってのけた。スイッチヒッターとして左右両打席で本塁打、史上19人目の快挙だった。ところが2度ともベンチに戻る杉谷をナインは知らん顔。メジャーでよく見る「サイレント・トリートメント」を立て続けにやられた。
「サイレント、サイレントで、ただの無視じゃないか」。後輩からもいじられる杉谷らしい祝福のされ方だった。日頃はベンチを温める機会が多くても、求められる場面できっちりと仕事を果たすのも名バイプレーヤーの務め。だから長く信頼を勝ち得ている。
メットライフドームでは場内アナウンス担当・鈴木あずささんの「杉谷いじり」が今や名物となっている。
「ただいま打撃練習を行っておりますファイターズの選手は、夢は“みんなが笑顔に”魅惑のカリスマ・ムードメーカー、杉谷拳士選手です。どうぞご注目ください」
今年も開幕のネット裏にアナウンスが流れた。こうした異色のコラボが評価されて、鈴木さんは昨年、フジテレビ系列が放送する「プロ野球珍プレー好プレー大賞」を受賞。もちろん杉谷と二人で喜びを分かち合った。
今や、グラウンドの内外で話題を提供する杉谷。もはや脇役の枠を飛び越えた人気者の次なるミッションは、チームの上位戦線浮上といぶし銀の働きである。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)