聖地に帰ってきた背番号64
藤浪晋太郎が球団最速の162キロをマークし、大山悠輔は他球団のスラッガーたちとハイレベルな本塁打王争いを繰り広げる。そして、藤川球児の現役引退への“ラストダンス”も始まった──。
巨人の独走を許す中でも、タイガースには、まだまだ球場を熱くする要素が残されている。
そんな中、渋く、でも着実に復活への歩みを進める男。桑原謙太朗は、帰ってきた聖地のマウンドで力投を続けている。
9月13日の広島戦。5000人に満たない観客も“その意味”は分かっていた。リリーフカーから降り立った背番号64を認めると、右翼スタンドを中心にわき上がった。実に513日ぶりの一軍での実戦。それでも、置かれた状況は生やさしいものではなかった。
1点劣勢の6回、一死一塁。迎えたのは3番からの中軸でも、右腕には積み重ねた経験と、腕を振れる喜びがあった。
堂林翔太を三邪飛に仕留めると、鈴木誠也にはキャリアの全盛期を支えてきたキレ味鋭いスライダーで空振り三振。自身だけでなく、チームにとっても価値あるアウト2個を奪い取った。
大きすぎたフル回転の代償
長く険しい道のりだった。当時の金本知憲監督の抜擢で、2017年からセットアッパーとして2年連続で60試合以上に登板。球界屈指の安定感を誇示する猛虎のブルペンの象徴的存在として、欠かせぬピースになった。
しかし、フル回転の代償は思った以上に深い“傷”になっていた。2019年から悩まされた慢性的な右肘の痛み。昨春のキャンプでは満足な投げ込みも行えず、「これでは球数が少なすぎる」と不安を募らせていた。
その悪い予感は的中する。開幕こそ一軍メンバーに名を連ねたが、7試合に登板しただけで4月に二軍降格。そのまま再昇格どころか、二軍での登板もないままシーズンを終えた。
一進一退。いや、一歩前に出ても、大きな壁に2~3歩分はね返される辛い日々を送ってきた。
ネットスロー、キャッチボールとステップを踏み、ようやくブルペンに入れる状態に戻っても、腕を振れば、ズキズキと痛みが出てくる。普段から感情を表に出さないタイプでも「ボチボチやるわ。何とか投げられるように…」と発する言葉には落胆がにじんだ時もあった。
掴んだ手ごたえと逆襲への決意
手術の選択肢もあった中で、保存療法を選んだリスク。それでも、自身の決断に後悔はなかった。
「もう一度、あそこで投げられるように」
その思いだけで“暗闇”の中を進んできた。
「久しぶりの登板でしたが、走者のいる場面で使っていただき抑えることができて良かったです。少しは期待に応えられたかなと思います」
コロナ禍の取材規制で対面取材は叶わない。復帰登板を終えた34歳は、広報に精一杯の思いを託した。そんな言葉の数々には、安堵と逆襲への決意も感じられた。
一軍、そして甲子園という場所で投げることの幸せと喜びを知るからこそ、1日でも早く戻りたかった。
あれから1カ月──。10試合に登板し、防御率は4.32。出色でなくても、一軍で刻む数字こそが存在の証だ。
2度の移籍を経験するなど、決して平坦な道を歩いてきたわけではない。光ある場所へもう一度、はい上がって見せる。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)