白球つれづれ2020~第46回・石井一久
楽天の秋季練習が16日、楽天生命パークでスタートした。今月の12日に「取締GM兼一軍監督」として発表された石井一久氏にとって新たな船出の日となる。
誰もが耳を疑った仰天人事だった。チームは前年の3位から再びBクラス転落もシーズン最終盤までは三木肇監督の留任が有力視されていた。3年契約であること。結果的に4位に終わったが、ペナントレースの中盤までは首位をうかがい主役に躍り出た経緯もある。
一昨年まで監督だった平石洋介氏(現ソフトバンクコーチ)が前年の最下位から3位までチームを建て直したのに実質上の解任で三木監督を後任に据えている。すべては石井GMが主導した長期的な戦略のはずが蓋を開けてみれば2年連続で短命の監督交代劇。しかも代わってその座に就くのがGM自身だから驚きの目で迎えられたのもうなずける。
全権監督の誕生だ。チーム編成に関する人事からトレード、外国人獲得など背広組として全軍を掌握するのがゼネラルマネジャー(GM)であり、その現場を指揮するのが監督。過去にもダイエー時代の根本陸夫氏が球団の専務取締兼務で監督を兼任。他にも阪神時代の星野仙一氏や原辰徳現巨人監督らが実質、編成権も持つ全権監督として手腕を発揮している。
だが、彼らが長年、現場に精通していたのとは対照的に、石井氏にとって現場の指揮は初めての上、コーチ経験すらない。それでもGM兼監督を要請した立花陽三球団社長は「ずっと我々のチームを見てきて選手をよく知っている」「短期的にも中長期的にもチームを強くするには、彼の力が必要になってくる」と抜擢の事情を説明した。当然、全権監督は重い十字架を背負うことになる。
辣腕GMに対する期待と戸惑いと
「吉本つながりだから、しょうがないよ」。昨年、西武のある幹部が吐き捨てたことがある。浅村栄斗選手のFAによる楽天移籍が決まった直後だった。吉本とは石井監督や浅村がマネジメント契約を結ぶ吉本興業のこと。球団間だけでなく石井GMは幅広い人脈を駆使して辣腕を振るってきた。
浅村だけでなく岸孝之投手やロッテから移籍の涌井秀章投手も元西武組。首脳陣にも笘篠誠治、奈良原浩、石井貴、金森栄治各コーチらの元西武組がズラリ、石井GMもOBであるところからファンの間から「楽天ライオンズ」と揶揄する声もある。今季はシーズン途中に巨人との間で高梨雄平投手とZ・ウィーラー選手を放出して高田萌生、池田駿投手を獲得し、将来に目を向けた補強も行っている。
一方で、相次ぐ大物選手の獲得は新たな副作用を起こしているのも事実だ。三木前監督が掲げたバントや盗塁を絡めた緻密な野球は消化不良のままで終え、32試合の逆転負けはリーグワーストを記録。中でも致命傷となったのが抑え投手陣の不安定さだった。前年のストッパーである松井裕樹に代わる抑え役として、森原康平投手に期待したがシーズン途中で離脱、J・シャギワ、A・ブセニッツらの外国人投手も期待に応えられなかった。
この辺りはチーム編成を預かる石井GMの責任でもある。さらに「多国籍軍団」を推進するあまりに地元東北ファンの戸惑いも隠せない。もちろん則本昴大投手や松井ら生え抜き選手がもっと活躍していればそんな声も吹き飛んでいただろう。だが寄せ集め集団が、どんな野球を目指すのかが見えて来なければ、1年ごとの改革に納得はできない。
GM兼任監督の覚悟
今回の石井全権監督誕生の影に三木谷浩史オーナーの意向は見えて来ない。だが、この球団の大きな決定事項が同オーナー抜きで行われるとも思えない。奇しくも楽天がスポンサーを務めるサッカーのヴィッセル神戸でも成績不振を理由に監督が交代、GMである三浦淳宏氏が同様の全権監督に就いた。野球とサッカーで同時に代表職を務めるのが立花社長であれば、これが「三木谷方式」と言うべきか。
強大な権力を握った石井全権監督だが、それは厳しい現実も意味する。何せ、目指す野球の方向性の違いや結果主義で平石、三木監督を1年で交代させたのも石井GMだからだ。
「より強いチームを作るのが使命。何を言われようがブレずに邁進したい」。
日頃はひょうきんな指揮官が固い表情で就任会見を結んだ。チーム創設16年で3年以上の長期監督は野村克也と星野仙一両氏だけ、1年ほどの短命で終わった監督は5人に上る。優勝できなければ即交代では在野の監督候補者も二の足を踏むだろう。そろそろ、地に足をつけた本格政権を熱望するのは東北のファンばかりではない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)