前例なきシーズンを終えて
今年の流行語大賞は「3密」に決まった。それ以外にも「GO TO トラベル」や「アベノマスク」など、コロナ関連がずらり。スポーツ界も東京五輪の延期からプロ野球では開幕が6月にずれ込むなど新型ウイルスに振り回された1年となった。世界中にパニックを引き起こしたコロナが日本野球界にどんな影を落とし、今後もどんな影響を及ぼしていくのか? 「未知の世界」を振り返りながら検証してみたい。
第1回:野球界も構造改革へ
“銭闘”はすでに始まっている。
先月26日から始まった中日の契約更改交渉ではいきなり木下拓哉、福谷浩司、福敬登の3選手が増額提示を保留。木下は出場試合数を大幅に伸ばし2割6分台の打棒と盗塁阻止率はリーグトップの好成績を残している。福谷は前年の未勝利から先発投手としてエースの大野雄大投手に次ぐ8勝(2敗)をマーク。福は30HPで最優秀中継ぎ賞を僚友の祖父江大輔投手と共に獲得している。チームの8年ぶりAクラスに貢献した功労者と言っていい。
増額幅は明らかになっていないが、この緊急事態にすぐさま反応したのが労組選手会だ。「所属選手に対する査定方法の事前説明が二転三転したり、不十分な点がある」と抗議文を送付。これに対して保留者続出の時点では「コロナの影響があったのは情状査定をなくしただけ。他球団の状況を見て査定額を変えることはない」と強気な姿勢を見せていた加藤宏幸球団代表も一転、「選手が疑問に思っているところは懇切丁寧に説明していく」と釈明に追われた。
他の選手の説明によれば、昨年まで球団側は「Bクラスでは(査定が)厳しい。Aクラスに入れば」と大幅昇給の条件を示唆していたと言う。だが、一方で今季は各球団ともにコロナ禍が経営を直撃する。「ない袖は振れない」のも実状だ。
今季のセ・リーグ観客動員数は275万4626人だった。前年比は実に81%減となる。中日だけを見ると、本拠地の観客動員は約37万8000人で1試合平均は6300人。チームによって無観客試合のバラつきがあるため一概に比較はできないが、リーグ5番目の動員数だ。
労使問題の根本
3カ月遅れで始まった今季のペナントレースは当初、無観客で開催、その後は徐々に観客数を増やし、最終的には50%まで収容数を増やしていった。しかし、各球団収益の約50%近くを占める入場者が8割減の現実が球団経営を圧迫しているのは間違いない。今後、中日に限らずコロナ禍の契約交渉は多難が予想される。だが、この問題を考える時、日本球界は“見切り発車”でシーズンを迎えた点に注目すべきだろう。
メジャーリーグでは開幕前にオーナー側と選手会の話し合いが頻繁に行われた。試合数はどうするのか? その場合の年俸は? と言った激論の末に、60試合のペナントレースとポストシーズンが確定、年俸も試合数に応じた額が支払われることを基本線とした。中にはコロナの環境でプレーを拒否する選手もいた。経営の悪化を防ぎたい経営者側はマイナー球団の削減や統合の手を打っている。
ところが、日本では球団と選手が結ぶ統一契約書にコロナなどの天災に関する条項がないため、話し合いは進まずシーズン後に対処する形で“見切り発車”となったわけだ。
選手会側では、早い時期からコロナによる経営悪化に理解は示しつつも、「球団経営は単年で見るのではなく、これまでの蓄積もあるはず」と、過去にさかのぼった収支の開示を求めるが、球団側もおいそれと要求に応じるとも思えない。
プロ野球選手とは基本、個人事業主である。チームの成績に関わらず、その個人が好成績を上げれば昇給を勝ち取り、不成績ならダウンを受け入れる。しかし、我が国の球界では球団による期待料やその時々の事情が査定の中に反映されてきた。さらに近年はFA選手との大型契約が当たり前で、引き止めには巨額の資金が必要となり、球団経営を圧迫する。そこへ、コロナ問題である。
過去に経験のない労使間問題。野球界全体が知恵を絞ってこの難局をどう乗り越えていくのか?それは新しい球界への挑戦を意味している。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)