若手とベテランの狭間で
27歳のプロ野球選手は、果たして“若手”なのだろうか?
ちなみにNPB公式サイトに掲載された“戦力外/現役引退選手”の平均年齢は、「28.2歳」である。「俺はもう28だ。背伸びなしで30が見えてくる。30は男が動かなくなる理由になる」とは文具メーカー営業マンを描いた名作漫画『宮本から君へ』の台詞だが、一軍と二軍を行き来する27歳の選手に残された時間は、決して多くないのは確かだろう。
12月18日、DeNAは巨人へFA移籍した梶谷隆幸外野手の人的補償で、田中俊太内野手の獲得を発表した。
例年、球団の仕事納め直前か、年明けの仕事始め後に発表というケースが多いだけに異例のスピード決着となった。以前の一岡竜司のようにジャイアンツ寮を出て横浜へ引っ越して、その2週間後に唐突に大竹寛の人的補償でカープ行きが決まり、ほとんど住んでない新居を引き払い急いで広島へ……というリアルな選手側の都合を考えると、早期決着は有り難いのではないだろうか。
田中は東海大相模高から東海大の名門コースを歩み、日立製作所を経て17年ドラフト5位で巨人入り。兄の広輔(広島)と同じく左打ちの俊足巧打の内野手として期待された。
1年目の18年は二塁を中心に99試合に出場して打率.241、2本塁打という成績を残したが、19年は「7番・三塁」で開幕スタメンに抜擢されるも62試合、外野守備も経験した20年は日本シリーズで全4戦に出場するなど存在感を見せながら、ペナントでは打率.265、1本塁打でプロ入り以来最少の48試合と年々出場数は減少していた。
3年間で計209試合、打率.239、7本塁打、32打点、10盗塁。巨人20代野手の中では決して少なくない1軍通算515打席を与えられていることからも、その期待値の高さが分かる。チャンスは確かにあった。だが、なかなか掴みきれなかった。そして、早いもので田中俊太は来年8月で28歳になる。
期待の若手の世代交代
今季の巨人は長年のチームの課題だった二塁争いに大きな動きがあった。チーム関係者からも、持っているポテンシャルは図抜けていると高く評価されながら故障がちだった吉川尚輝が、ついにレギュラーを掴み、120試合制でキャリア最多の112試合に出場。打率.274、8本塁打、32打点、OPS.734、11盗塁という成績を残した。
この吉川は95年生まれの25歳だ。さらにファームで二塁を守り、22盗塁でイースタン・リーグ盗塁王を獲得した湯浅大は2000年生まれである。時計の針は容赦なく進んでいく。今オフに自由契約となった92年生まれの吉川大幾はもちろん、田中や12月初旬に金銭トレードで阪神へ移籍した山本泰寛の93年組だって、もはや若手ではない。まさに血の入れ替え、いわば「期待の若手の世代交代」に押し出された形である。
田中は走攻守で一軍標準レベルをクリアしているバランスの良い好選手だが、両打ちでユーティリティープレイヤーの若林晃弘、代走の切り札として23盗塁をマークした増田大輝といった一軍枠を争う同世代のライバルたちと比較すると、分かりやすいストロングポイントがなかった。分業制のスペシャリストを好む原野球においては、どうしても28名のプロテクトリストから漏れてしまう。
さらに過去に内海哲也や長野久義らファン人気の高い生え抜きの功労者、一岡や平良拳太郎といった若手有望投手が人的補償で移籍した反省から、ベテランの功労者と若手プロスペクトは守りたい。例え一時的に育成落ちさせても守りたい……というのは置いといて、そうなると、やはり一軍と二軍を行き来する田中のような中堅選手までプロテクトするのは難しいだろう。
人的補償は人生2度目のドラフト会議
近年の巨人は、ドラフトであえてポジションやタイプの被る選手を指名する傾向が強い。
例えば、正捕手として起用された大城卓三とトレード移籍した宇佐見真吾(現・日本ハム)のように、同タイプを競わせて生き残った方を重点的に使うので、20代後半に入るとなかなか序列の逆転も難しい。新しく来た上司(監督やコーチ)に抜擢されるような劇的な環境の変化がなければ、一度ついた印象を覆すのは至難の業だ。もちろん、毎年のように自分より若い新人選手も入ってくる。
そう考えると、田中俊太はベストに近いタイミングでのDeNA移籍だと思う。「人的補償」という言葉の響きは微妙に後ろ向きだが、実際のところはそこまで悲壮感はない。なぜなら、キャリアにおけるステップアップの大チャンスでもあるからだ。
だってシビアに見てしまうと、「28名のプロテクトリストに入れなかった」ということは所属球団の序列では決して上にいるとは言えない現実。それが人的補償で移籍すると、「リスト内で1番欲しかった選手」としてリスタートが切れる。選手にとって人的補償は人生2度目のドラフト会議みたいなものだ。真っ先に相手に選ばれ、注目度や評価も上がっての移籍である。
遊撃・坂本勇人、三塁・岡本和真、二塁・吉川尚輝と内野レギュラーがほぼ固定されている巨人よりも、ソトの一塁起用が増え、柴田竜拓、大和、倉本寿彦、中井大介、森敬斗、ドラフト2位の牧秀悟らで争う二遊間が流動的なDeNAの方がチャンスも多いだろう。
しかも、田中俊太は今季終盤の9・10月の2カ月間は、53打数17安打で打率.340とプロ入り以来最高とも言える打撃を披露していた。さらに神奈川出身で、来季開幕戦はいきなり巨人対DeNA戦が実現、巨人のセットアッパーを務める中川皓太とは東海大時代の同級生というストーリー性もある。もちろん梶谷や井納翔一とのマッチアップも含め、この“因縁のカード”が俄然楽しみになった。
昔、村上龍のエッセイで紹介されていたプロゴルファーの印象的な台詞がある。「1年目はコースを覚えたい。2年目は泊まるところを覚えて、3年目はメシを食うところを覚える。そして4年目から、何とか勝負に参加できるかもしれない」と。
背番号38をつけた田中俊太は、2021年、新天地でプロ4年目のシーズンを迎える。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)