第4回:巨人・梶谷隆幸
決め手は原辰徳監督、直々のラブコールだった。
昨年の12月、梶谷隆幸選手のもとに電話がかかってきた。声の主は巨人の指揮官。「君の力を必要としている」「1番打者として働いてもらいたい」。
DeNAからFA宣言する直前まで、居心地のいい古巣に残るべきか? 新しい環境に身を置くべきか? 心は揺れ続けたが、宣言直後、原監督の言葉が決断を後押しした。4年契約で総年俸8億円(推定以下同じ)、昨年までの年俸が7500万円だから最上級の評価だ。入団発表の席では「1番・梶谷」「2番・坂本」「3番・丸」「4番・岡本」の新打線構想が原監督から明らかにされた。
昨年の復活ぶりは見事なもの。打率.323は最後まで僚友・佐野恵太選手と首位打者を争った。19本塁打、53打点に14盗塁と、脅威の1番打者として気を吐いている。かねてから梶谷の潜在能力の高さに目を付けていた巨人は、数年前にもトレードを画策したことがあるという。トップバッターに人材を欠いていたチーム事情もあり、今回のFAは願ってもないチャンス。それが、監督直々のラブコールであり、熱意の表れでもあった。
巨人のFA史に壁?
入団発表の席では、トレードマークの髭をバッサリ。「紳士たれ」を球団の合言葉とする巨人では、過去の大物選手も髭を剃ってくるのが習わしだ。欧米では紳士が髭を生やしているのはごく自然なこと。野球界でもメジャーや他球団では当たり前の実情を目のあたりにすれば時代錯誤と言わざるを得ない。そんな窮屈さが過去のFA選手の成績にも反映しているのだろうか? 巨人のFA史を見ると、意外に活躍している選手は少ない。
1993年にFA制度が導入されて以来、巨人には昨年まで26選手がFA移籍により在籍している。打者なら落合博満、清原和博、小笠原道大、広沢克己ら各球団の主砲が名を連ね、投手でも工藤公康、杉内俊哉、川口和久、山口俊らの大物エースが挙げられる。
しかし、彼らでも前所属球団時代より好成績を残した選手はほとんどいない。強いて挙げるなら日本ハム時代と巨人移籍後の2年に渡り連続MVPを獲得した小笠原や、チームの顔として認められた村田修一、丸佳浩あたりか。
落合は清原の移籍を知ると日本ハムに移る。その清原も当時の堀内恒夫監督とぶつかり退団の道を選んでいる。彼らはそれでも巨人にインパクトを与えたが、近年は長期契約を結んだものの不成績が続く陽岱鋼、野上亮磨選手のようなパターンも珍しくない。
未知との戦いを乗り越えて
巨額投資の割に費用対効果の悪い巨人のFA戦略だが、その要因はふたつある。
選手のピークが前球団時代にあり、移籍後は成績が下降カーブをたどるケースと、巨人という大看板に押し潰され、本来の力量が発揮できないケースだ。前球団では“お山の大将”でも人気球団に移ると注目度が違う。ちょっとした凡打や失投が“戦犯扱い”でマスコミに報じられる。こうした重圧に力を発揮できない選手もいる。梶谷にとっても、未知の戦いが待ち受けることになる。
昨年同様の働きができれば、監督の期待する1番打者としてチームのⅤ3に貢献できることは間違いない。一方で不安要素もある。ともかく、故障が多い。プロ14年間で規定打席に到達したシーズンは5度だけ。18年から19年には腰痛と右尺骨の骨折で長期離脱するなどケガとの戦いが続いた。昨年の活躍も「例年なら夏場に調子を落とすが、6月開幕で救われた部分もある」と語る関係者もいる。まずはシーズンを故障なく乗り切る体調面が必須の課題か。
自主トレでは、昨年つかんだという左方向への流し打ちを意識して入念な調整を行っている。データ的にも昨年は右投手だけでなく左投手からも3割を超す打率を残せた。特に左対策に流し打ちが有効で、それが1番打者に求められる打率と出塁率の高さに直結すると、前年からの感触をさらに高めていく。
「カジ・サカ・マル・オカ」の強力打線に新外国人としてメジャー196発のJ・スモークや同96発のE・テームズ選手まで加わる布陣は破壊力もリーグ随一。まずは、紳士になった?梶谷の巨人デビューが待たれる。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)