白球つれづれ2021~第6回・春季キャンプの懐かしき?風景
ソフトバンクの王貞治球団会長が“小久保効果”に目を細めた。
「選手たちにとっても、いい刺激になっている。小久保ヘッドコーチの存在は大きいんじゃないか?」
9年ぶりに古巣復帰となった小久保裕紀ヘッドコーチが、宮崎キャンプの光景を一変させた。通常、打撃練習では3カ所に打撃ケージを配して打ち込むが、今年からは何と8カ所から打球音が響く。1日1000スイング! 振って、振って、振りまくれの小久保方式だ。フリー打撃の前後には速射砲のようなティー打撃に夜間練習。室内練習場に場所を移しての特打もある。王会長自ら指導に乗り出す期待の若手・リチャード選手ら若手の掌は、剥けて腫れ上がっている。
沖縄で鍛える広島では、キャンプ早々に九里亜蓮投手が347球の投げ込みを行って話題になった。その2日前に120球を投げ込んでいるので第1クールだけで500球に迫る熱投。こちらは佐々岡真司監督が現役時代に投げ込んで肩のスタミナを作っていった話に刺激を受けてトライ。先発完投の出来るエースを目指す心意気である。
そして、巨人。菅野智之、坂本勇人選手らのベテランをS班として東京ドームから沖縄で分離キャンプを認め、宮崎は若手中心とすることで練習の密度を上げた。打撃練習では投手を通常マウンドより5メートル前から投げさせて、スピードボールに負けない工夫をしている。2年続けてソフトバンクに日本シリーズで完敗。「パワー不足を痛感した」という原辰徳監督の意向に沿った新方式で、選手の数が絞られた分、練習量も増えた。
第一次長嶋茂雄監督時代に猛練習で伝説となった「伊東キャンプ」の再現という声も上がったが、当時は朝の9時から夕方6時近くまで特訓の連続。江川卓、中畑清、篠塚和典らは、毎日、階段の上り下りすら出来ないほど鍛えられたから、それに比べればまだまだかわいい。
レジェンドたちのカムバック
投手陣では、やはり桑田真澄チーフ投手コーチ補佐が注目の人。現役時代の実績に加え、早稲田大学大学院でスポーツ学を学んだ理論派コーチの誕生でチーム内にどんな変革が生まれるのか? 早速、話題を集めているのが「135球理論」である。1イニングを15球で投げ終えれば9回を投げても135球。つまりは完投のススメとなる。
新年早々、突如発表された桑田コーチの入閣。原監督が最も共感したのは、完投投手の必要性を訴える評論家時代の桑田氏の言葉だった。
近年、投手起用は分業制が当たり前となっている。先発は大半が5~6回で100球前後、7~8回を中継ぎのセットアッパーが務めて最後を抑えのストッパーが締める。メジャーでもこの方式は変わらないが、大きな違いは先発投手の登板間隔にある。
メジャーがほぼ中4日に対して、日本の先発は中6日が主流。1週間に1度の登板なら100球にこだわる必要はない、というのが桑田流。それなら135球で完投も可能というのが信念だ。もちろん、そこには日頃からの走り込みや投げ込みの必要性、打者との駆け引きなど様々な準備が求められる。
コロナ禍でタイトなスケジュールを強いられた昨季は各球団とも投手陣のやりくりに苦心した。巨人でも夏場の阪神戦で、大敗濃厚となり野手の増田大輝選手がマウンドに上がったことがある。こうしたケースでも先発投手の完投能力が上がれば、中継ぎの負担は減るはず。すでに戸郷翔征投手らは桑田理論に刺激を受けてキャンプでの投球数を増やしているという。
1日1000スイングに、投手の投げ込みと完投能力の見直し。どこか、時代が昭和に戻ったような練習風景が目につく今キャンプ。小久保、桑田両コーチに代表されるレジェンドの球界カムバックの影響なのか、はたまた、コロナ禍の無観客によって華やかさはないが、より鍛錬をしやすくなったのか?
ヤクルト・古田敦也、ロッテ・松中信彦、中日・立浪和義に阪神・川相昌弘各氏ら、今年のキャンプは臨時コーチが活躍中。彼らもまた昭和や平成の時代に大きな足跡を残して来た名人たちだ。その指導を受けた選手たちが、何をどう感じて自分のものとしていくか。「令和のスター」もまた、努力の先にしか生まれない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)