第2回:田中将大特需
沖縄の金武町で鍛錬を続ける楽天のキャンプが大変なことになっている。
年俸9億円男・田中将大投手の取材で報道各社が殺到し、現時点では巨人や阪神をも凌ぐ人気ぶりだ。昨年までなら記者、カメラマンが1人ずつで取材していたものが、今年はマー君密着取材と、それ以外でエリアが分かれる。滅多に姿を見せることのなかった週刊誌などの媒体もやってくる。やはり「銭のとれる男」の存在感は一味も二味も違う。
チームと離れて調整していた田中が沖縄入りしたのは5日のこと。宿舎到着時には石井一久監督、立花陽三球団社長らが玄関前までやってきて出迎えている。他の選手や大物助っ人でもこんな光景は見たことがない。
今年は東日本大震災から10年という節目の年。キャンプのスタート前に、立花社長は「何が何でも優勝を」と檄を飛ばしている。そこへ田中の復帰。チームは打倒・ソフトバンクの一番手と周囲も見ている。GMを兼ねる石井監督にとって、メジャー78勝右腕の加入は心強い限りだ。
しかし、戦力が充実したことで優勝候補と取り上げられ、話題面でも人気面でも注目を集めることは、皮肉な見方をすれば「逃げ場を失う」リスクもはらんでいる。何せ、一昨年は平石洋介監督を、昨年は三木肇監督を成績不振という理由で退任に追い込んでいる。そうした背景を見れば、田中が“救世主”となり得る存在であり、大物外国人以上のVIPであることがわかる。
絶大なる田中効果
すでに楽天の投手陣には「田中効果」が随所にみられる。
レジェンドの復帰によって、先発候補は涌井秀章、岸孝之、則本昴大各投手と田中で、4人までは、よほどのことがない限り当確だろう。ここに大学No.1の呼び声高い即戦力左腕・早川隆久投手も加わったことで、チーム内の競争が例年以上に激化している。
さらにメジャーで活躍してきた田中の投球を見るだけでも学ぶものはたくさんある。昨年はストッパーとしても期待された森原康平投手は、田中の伝家の宝刀であるスプリットの投げ方を伝授されて好感触を得ているという。メジャー仕込みは捕手にも及ぶ。ミットを動かすことで際どいボール球をストライクに導く「フレーミング」技術の習得も始まっている。
もう一つ見逃せないのはブルペンの緊張感だと、ある評論家は指摘する。今年はコロナ禍による無観客キャンプ、ともすればファンに見られていることで生まれる活気や緊張感は薄れがち。だが、田中がブルペンに多くの報道陣を引き連れてくることで様相は変わった。投手陣全体が「見られている」ことで意識が変われば、全体の底上げにもつながるだろう。
グラウンド内に留まらず!
11日付のスポーツニッポンでは「マー君特需」を大々的に取り上げている。田中の入団発表前と入団後を比較して、シーズンシートの売り上げが2800席から3000席に。わずか5日間で150席以上が売れて、これだけで1億円の増収。ファンクラブの入会者は入団前が700人に対して新規が1000人を超している。
また、オンラインショップで田中のユニホームが発売されると、すでに5000枚が売れて、「My HEROタオル」は昨季の開幕前まで全選手で1800枚の売り上げが、田中ひとりで今年は3000枚が売れているという。同紙では、その経済効果を2億円超と試算していた。
入団から10日程度でこの数字だから、今後はどこまで伸びていくのか? もちろん、ペナントレースが始まれば、田中見たさに球場に足を運ぶファンの数は確実に増えるはず。優勝して、日本一なら年俸分は回収できるかもしれない。
沖縄入り直後は単独調整を続けてきたが、11日からは本体に合流。調整もいよいよ実践段階に入ってくる。その一挙手一投足に野球ファンの注目を集め、報道陣を走らせ、選手たちは目を輝かせている。田中の衝撃はまだまだ収まりそうにない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)